Q.この映画では“匂い”というのが一つのキーワードになっていると思いますが、なぜ“匂い”にフォーカスを当てようと思ったのでしょうか。
ポン・ジュノ監督:映画は、イメージとサウンドで作られるものなので、“匂い”を表現するというのは難しいことですよね。ですが、このような優れた俳優さんの表現によって、私自身シナリオで“匂い”について思う存分書けたのではないかと思います。俳優さんたちが匂いを嗅いでいる時の表情や、自分から匂いがするのではないかという表情を見事に演じていたので、シナリオを書く段階から“匂い”に関する繊細な状況も書くことが出来ました。この“匂い”というものが、映画が伝えるストーリーに似合っているものだと思いました。この映画は“貧富の格差”ということを描く以前に、“人間に対する礼儀”が失われた時にどんなことが起きるのかという瞬間を描いた映画でもあります。“匂い”というのは、普段の生活のなかで感じたとしても話すことはなかなか難しいことですよね。やはり相手に対する礼儀に関わることですので。“匂い”というのはその人が生きている環境や、その人の労働条件、どんな状況に置かれているのかを表すものでもあると思いますが、それについて口に出すのはやはり難しいです。映画の中では、意図せず“匂い”について話を聞いてしまい、そのことによって人間に対する礼儀が崩れ落ちる瞬間、ある一線を越えてしまった瞬間を描いています。
Q.ソン・ガンホさんは“匂い”の演技をするうえで苦労した点、工夫した点はありますか?
ソン・ガンホ:「線を越えるな」という表現が、この映画の中で出てきます。この映画において“線”や“匂い”というのは目には見えないものです。この目には見えないものを映像を通して見せることはできません。こういった漠然とした観念的なものを表現する方法はないので、ドラマの構造の中に入っていって心理的に理解するということを心がけました。
Q.監督にとって日本の映画界はどのように映っていますでしょうか。
ポン・ジュノ監督:個人的に親しくさせていただいている日本の監督が多くいらっしゃいます。そして、日本は映画の長い歴史や伝統を持っているので、歴史的な優れた監督がいるというのが第一印象です。今村昌平監督や黒沢清監督、阪本順治監督、是枝裕和監督などの作品が本当に好きです。彼らとは長い間お付き合いをさせていただいています。韓国の映画産業において、国家的な支援があるのはインディペンデント映画やドキュメンタリー映画の領域に焦点が当てられているので、私やソン・ガンホさんが参加している映画は主に民間企業で出資・配給・制作をするという状況になっています。同時に、韓国の映画産業が今うまく健康的に回っているとも言えるかもしれません。日本では、主に漫画やアニメーション産業が国際的に広く知られていますが、私個人としては日本の監督や日本のフィルムメーカーが持つ多様なスペクトラム、そして幅広い映画の世界に興奮を覚えます。
(5ページに続く)