正祖(チョンジョ)は即位すると、不遇の死を遂げた父・思悼世子(サドセジャ)の名誉回復に全力を注いだ。正祖は父を先王として尊び、後には風水地理的に優れた水原(スウォン)にその墓を移した。 人材の活性化 正祖は、父の墓の格を上げるために、水原に華城(ファソン)という城郭を建設した。現在、華…
1724年に21代王として即位した英祖(ヨンジョ)は、官僚たちの各派閥から公平に人材を登用する政策を実施して、政権の安定を築いた。このように善政を続けていた英祖だが、長く王の座にいると、様々なほころびが出てくるものである。特に彼を悩ませたのが後継者問題だった。 親子の確執 もともと、英…
後世において名君と称された21代王の英祖(ヨンジョ)。彼がそこまで評価されたのは、母である淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏の影響が大きい。彼女はドラマ『トンイ』の主人公のモデルだった女性だ。 庶民のための統治 粛宗(スクチョン)の側室になる前の淑嬪・崔氏は、宮廷内の下働きだった。 そのため淑嬪・崔氏は…
正室の座を手に入れた張禧嬪(チャン・ヒビン)は、その後、ますますわがままが目立つようになり、時には粛宗(スクチョン)にさえ意見をした。粛宗はそんな張禧嬪にいら立ちをつのらせていった。 呪いの祭壇 「離縁したのは間違いだったのか……」 粛宗は仁顕(イニョン)王后を廃妃(ペビ)にしたことを後悔するように…
苦難の末に名君となる王の生きざまに感動! 今回は、米びつの中で餓死した思悼世子(サドセジャ)の息子であるサンが、悲劇を乗り越えて王へと成長していく様子を描いた『イ・サン』を取り上げてみた。朝鮮王朝後期の名君と称賛されている国王をイ・ソジンが本当にうまく演じていた。 『イ・サン』 冒頭のエピソードが衝…
長い間の人質生活によって清に反感を持っていた孝宗(ヒジョン)は、王になるとすぐに清に好感を持つ高官たちを追放した。そして、清がロシアの軍勢に苦しめられているという大義名分を得て、北伐の準備を強行した。 党派の争いが激化 朝鮮王朝の軍事力は格段に上がったが、国民は度重なる増税によって、苦しい生活を余儀…
歴史に裏付けられた本格的なドラマを見たい人にぜひお勧めしたいのが、高麗時代末期から朝鮮王朝の建国時代を描いた『私の国』である。イケメンの人気俳優が顔をそろえた話題作であった。 すばらしいキャスト 『私の国』は、歴史の激動期を描いた本格的なもの。史実に裏付けされた正統派の時代劇だと言える。 ドラマは、…
16代王・仁祖(インジョ)は、クーデターを起こして先王の光海君(クァンヘグン)を追放して1623年に即位するが、彼には多くの困難が待ち受けていた。特につらかったのが、異民族の侵攻を度々受けたことだった。特に強大な軍事力をもった清は、1636年に怒濤のように攻めてきて、朝鮮王朝も屈伏せざるをえなかった…
朝鮮王朝の歴史をみると、儒教が国教として国土の隅々まで浸透していた。儒教には男尊女卑の思想がある。それだけ女性は厳しい立場に置かれたのだが、実は朝鮮王朝時代には、王族女性が最高権力者になることができる政治体制が保たれていた。その史実が、現代の時代劇の制作に好都合だったのである。 『王女の男』に登場し…
写真=韓国MBC『華政』公式サイトより ついに李适(イ・グァル)が反乱を起こした。漢陽(ハニャン/現在のソウル)に向けて破竹の勢いで進軍する反乱軍に恐れをなした仁祖は、首都を捨てて逃げ出してしまった。反乱軍は進軍開始19日目、たった3回の戦いで、政府軍を撃破して首都を陥落させた。 &n…