英祖(ヨンジョ)が朝鮮王朝の21代王として即位したのは1724年だ。彼は蕩平策(タンピョンチェク)という政策を採用した。これは各派閥から有能な人材を採用する政策で、それによって激しかった党争を抑えることができた。 政治的な業績 英祖は、国防の強化や苛酷な刑罰の禁止、減税や庶民の官吏採用などで、どんど…
朝鮮王朝でも特に有名な三大悪女といえば、張緑水(チャン・ノクス)、鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)、張禧嬪(チャン・ヒビン)の3人だ。彼女たちはどんな手段を使って高い地位を得ていったのだろうか。 国家の富を私物化! 張緑水(チャン・ノクス)は、極貧の中で育った。あまりの貧しさに、身体を売って糊口をしのぐ…
歴代王27人の妻となった王妃42人の姓を調べてみますと、一番多いのが「金(キム)」の10人でした。「金」は昔も今も朝鮮半島の人口の20%以上を占める“圧倒的に一番多い姓”ですから、王妃の姓に多いのも納得できます。その次に多かった姓は何でしょうか。 「李」がいない理由とは? 王妃の姓で「金」の次に多か…
『オクニョ 運命の女(ひと)』は16世紀中盤の朝鮮王朝を描いた時代劇だった。登場人物の中で実在したのは文定(ムンジョン)王后、尹元衡(ユン・ウォニョン)、鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)、明宗(ミョンジョン)など。この中で明宗を除く3人は歴史上で記録されるほどの悪人だった。 政治腐敗の元凶 『オクニョ』…
518年続いた朝鮮王朝では27人の国王が統治したが、名君もいれば暴君もいて、さらに暗愚の国王もいた。そうした国王の中で、「即位しなければ良かったのに」と思える人を5人選んでみた。 最初の3人 ◆端宗(タンジョン) 〔1441~1457年〕 6代王。在位は1452~1455年。5代王・文宗(ムンジョン…
尹元衡(ユン・ウォニョン)は、11代王・中宗(チュンジョン)の継妃となった文定(ムンジョン)王后の実弟である。その尹元衡の妾となったのが鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)であった。 ドラマは出会いをどう描いたか 妓生(キセン)となっていた鄭蘭貞は、どのようにして尹元衡に近づいたのか。 史実では定かでない。…
『雲が描いた月明り』では、パク・ボゴムが演じたイ・ヨンの生母は死んだことになっていたが、実際の母は純元(スヌォン)王后と言って、19世紀前半の朝鮮王朝で女帝のようにふるまった怪女であった。果たして、どんな女性だったのだろうか。 勢道政治が始まる 純元王后は1789年に生まれた。 夫は朝鮮王朝の23代…
粛宗(スクチョン)の側室となった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、1688年に粛宗の長男を産んだ。その直後に、粛宗が激怒する事件が起こっている。それは、どんな出来事だったのだろうか。 激怒した粛宗 事件が起きたのは、1688年10月だった。張禧嬪が粛宗の長男を産んだ直後のことである。 張禧嬪…
光宗(クァンジョン)は、高麗王朝では初代の王建(ワン・ゴン)に次いで有名な国王だった。その光宗を、ドラマ『麗<レイ>~花萌ゆる8人の皇子たち~』でイ・ジュンギが演じた。実際の光宗の栄光と苦悩の軌跡をたどってみよう。 大胆な法律で奴婢を解放 光宗は高麗王朝の4代王として949年に24歳で…
韓国時代劇は女性を主人公にした作品がたくさんある。それは、朝鮮王朝時代の歴史に残る有名な女性を題材にすることが多いからだ。その中でも、一番目立っている5人の女性を選んでみた。 最強の3人 張禧嬪(チャン・ヒビン) [1659年~1701年] 19代王・粛宗(スクチョン)の側室および正室…