【手紙全文】イ・スマン元SM総括プロデューサー、地裁の仮処分決定後心境を明かす…「僕にとって『ザ・ベスト』はHYBEだった」


SMエンタテインメント(以下SM)の創業者で上位株主のイ・スマン元総括プロデューサーが、SMを相手に新株及び転換社債発行の差し止めを求める仮処分を申請した件について、ソウル東部地裁は3日、イ・スマン氏側の申請を受け入れ、SMの新株及び転換社債の発行を禁止する仮処分決定を下した。

仮処分決定後、イ・スマン氏は手紙を残した。

以下、イ・スマン氏の手紙全文


愛するSM家族の皆さん、そしてSMを愛してくださる多くの方々に。

1970年代にぼさぼさ髪のバラード歌手になって以来、僕は生涯大衆と共に生きてきました。歌手として、MCとして過分な愛を受け、プロデューサーになってからは、輩出した歌手たちがまた、大衆から大きな愛を受けました。

そのため、最近SMを巡って起きた多くのことについて、申し訳ない気持ちはとても大きいです。

1989年にSM企画を立てた時、僕にとって青春でありスタートアップでした。歌が好きで、歌手に必要なシステムについて現場で悩みました。音楽産業の西欧モデルを研究し、SMの会社構造を組み立てました。

韓国型ポップ、アイドルの世界は、先進国型ビジネスモデルに韓国型人材育成モデルを組み合わせ、成し遂げたものです。SMと共にJYP、YG、そしてHYBEなど、K-POPが世界で成し遂げた業績は、韓国の奇跡であり祝福です。

これまでの間、いつの間にか、ヒョン・ジニョンから「H.O.T.」、BoA、「東方神起」、「SUPER JUNIOR」、「少女時代」、「SHINee」、「EXO」、「Red Velvet」、「NCT」と「aespa」に至るまで、その歳月だけ僕の青春も流れていきました。

SMの「ポスト イ・スマン」は僕の長い悩みでした。 エンターテインメントは創造の世界です。僕はSMを自分の子どもや親戚に譲るのではなく、より繁栄させることができるこの業界の「ベスト」に渡すべきだと考えました。


SMの支配構造に問題があれば改善し、専門の経営人が必要ならば、いくらでもその人たちが引き受けるべきだとも言いました。

僕にとって「ベスト」とはプロデュースです。プロデュースはスターが誕生する瞬間まで数え切れない失敗に耐え、昼夜を問わない創意と情熱の世界です。

ファンの胸の中に駆け込み、彼らの歌、涙、感動、そして希望を作り出すスターの舞台裏には、そのスターを発掘して育てるプロデューサーの世界があります。

大衆がいなければスターはいなく、スターがいなければプロデューサーはいなく、プロデューサーがいなければ音楽産業は成功できません。これは逆も同じです。

この2年余りはSMに最も適した「ベスト」を探す時間でした。一方、現経営陣にはイ・スマンのいないSMの時代を準備しなければならないと促しました。僕はすでにSMのステージから 降りる決心をしましたので。HYBE、カカオをはじめ、ファンド、大企業、海外のグローバル会社などがSMを望んでおり、僕を訪ねてきました。

(2ページに続く)

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2023.03.03