第2回 仁祖と世子の確執 仁祖の最初の正室は仁烈(インニョル)王后で、2人の間には4人の息子が生まれている。その長男が、世子(セジャ)の昭顕(ソヒョン)であった。しかし、仁烈王后は1635年に41歳で亡くなり、仁祖は二番目の正室として、荘烈(チャンニョル)王后を迎えた。 清に対する復讐心 14歳とい…
第1回 朝鮮王朝最大の屈辱 14代王・宣祖(ソンジョ)は、寵愛した側室の仁嬪(インビン)・金(キム)氏との間に4男5女をもうけたが、その1人が定遠君(チョンウォングン/1580~1619年)だった。彼には綾陽君(ヌンヤングン)という息子がいた。この綾陽君こそが、後の仁祖である。 光海君を強く恨んでい…
2016年に韓国で大ヒットした映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』が今夏日本での公開が決定し、注目が集まっています。そしてこの映画にはプロローグ作品があるということでも話題にもなりました。その作品はアニメ映画『ソウル・ステーション/パンデミック』。この映画も今秋日本公開が決定し、期待が高まってい…
綾陽君は西宮(現在の徳寿宮)の中庭で仁穆王后から光海君の斬首を要請された ついに、光海君の廃位という知らせを聞いた仁穆王后。あれほど願った復讐が成就したのだ。いや、まだ復讐が残っていた。それは、憎き光海君の首をはねることだった。そのことを仁穆王后は綾陽君(ヌンヤングン)に執拗に要請した…
綾陽君は西宮(現在の徳寿宮)の門の前でひれ伏して、仁穆王后の許しを得ようとした 14代・宣祖(ソンジョ)の継妃であった仁穆王后。彼女は、宣祖の後を継いで即位した15代王・光海君によって、父親と息子の永昌大君(ヨンチャンデグン)を殺され、自分も娘の貞明(チョンミョン)公主(コンジュ)と一…
第10回(最終回) 貞明公主の晩年 20歳までの貞明公主は薄氷の上をおそるおそる歩くような日々を過ごした。そんな境遇に耐えたあとは、とてつもない土地を所有する大地主になった。まさに、彼女の人生は波瀾万丈だった。 邪険にされた王女 1603年に生まれた貞明公主は、5歳までは国王の正室が産んだ王女として…
第9回 貞明公主の善行 1636年12月、朝鮮王朝が強大な清に攻められたときだった。貞明公主は漢江(ハンガン)の河口の近くの江華島(カンファド)に避難しようとした。用意した船に財産をすべて載せて、貞明公主はまさに陸地を離れようとしたのだが……。 避難してきた民衆を救出 清が都の漢陽(ハニャン)を攻め…
第8回 貞明公主の苦難 仁穆(インモク)王后が亡くなってから貞明公主に急に冷たくなった16代王・仁祖(インジョ)。彼は貞明公主が呪詛(じゅそ)をしているという疑いを持ったが、周囲の説得によって貞明公主への処罰を取り止めている。しかし、仁祖の疑心は一向に晴れなかった。 二度目の疑心暗鬼 仁祖が、貞明公…
第7回 貞明公主の危機 仁穆(インモク)王后は、娘の貞明公主の幸せを願いながら1632年に48歳で亡くなった。このときから、貞明公主を支援していたはずの16代王・仁祖(インジョ)の態度が変わってきた。それによって、彼女はかなり辛い立場に追い込まれていった。 呪い殺されるという恐怖 仁祖は、なぜ貞明公…
それにも関わらずいがみ合うのは、お互いのその屈折した偏見を取り除く努力をしてこなかったからではないでしようか。友好、親善と五十年間唱えてきましたが、これからはスローガンや掛け声でなく、お互いの本質を知る努力を積み上げる段階に来たのではないでしょうか。 また、私はこのいがみ合いをネガティブには捉えてい…