1800年6月、正祖(チョンジョ)は危篤状態に陥った。貞純(チョンスン)王后はこう叫んだ。「私が直接薬を差し上げてみるから、臣下の者たちはしばらく下がっていなさい」。その命令を受けて、重臣たちは部屋の外に下がった。 憤慨した臣下 今まさに、部屋の中には正祖と貞純王后しかいなかった。 し…
ドラマ『王の女』で金介屎を演じたパク・ソニョン 第31回 王に仕えた悪の女官 金介屎(キム・ゲシ)は、女官でありながら強い政治力を持った女性だった。その一方で悪女としても知られている。いったい、彼女は女官としてどのような人生を歩んだのだろうか。 女官としての…
1800年6月に発病した正祖(チョンジョ)。徐々に身体が衰弱していった。6月28日になると、病状はかなり悪化していき、病床を囲む医官たちの間でも緊張感がみなぎっていった。 煎じ薬を気にする正祖 正祖が尋ねた。 「煎じ薬は誰が作ったものなのか」 内医院(ネイウォン/王族を診察する医院)の…
第4回(最終回) 仁祖の歴史的な評価 1646年1月3日に起こったアワビ毒物事件。その容疑者にされてしまったのが、仁祖の長男・昭顕(ソヒョン)の妻であった姜(カン)氏だった。高官たちは姜氏の無実を主張したが、仁祖は聞く耳を持たなかった。姜氏は3月13日に実家に戻されてしまい、最後には自害せざるをえな…
22代王・正祖(チョンジョ)が病をわずらったのは1800年の6月下旬だった。旧暦の6月下旬というと、新暦でいえば7月から8月にかけての頃である。蒸し暑い日が続き、正祖は「毎日よく眠れない」と嘆いた。 脈が弱くなってきた 1800年6月27日、内医院(ネイウォン/王族を診察する医院)の高官だった李時秀…
韓国時代劇『華政(ファジョン)』の後半では、主人公の貞明公主を中心に、光海君と綾陽君との関係が描かれていた。この3人は、王族の中でどのようなつながりがあったのか。改めて説明していこう。 臨海君と光海君 14代王・宣祖(ソンジョ)の最初の正室は懿仁(ウィイン)王后だったが、2人の間に子供はいなかった。…
写真=韓国陸軍公式サイトより 現役兵として軍務に励むにしろ、義務警察隊員や社会服務要員になるにしろ、兵役に就いた人はかならず新兵訓練を受けなければならない。現役兵なら5週間、義務警察隊員や社会服務要員なら4週間だ。この新兵訓練の中で一番の恐怖は? 避けて通れない訓練 覚悟して兵役に就いたとしても、新…
第3回 仁祖の策略 1645年4月、仁祖の長男の昭顕(ソヒョン)は長い人質生活から解放されて8年ぶりに母国に帰ってきたのに、わずか2カ月で急死してしまった。その遺体は毒殺されたかのように黒ずんでいたという。 策士のように動いた悪女 昭顕の妻であった姜(カン)氏が一番に疑ったのが、医官の李馨益(イ・ヒ…
第2回 仁祖と世子の確執 仁祖の最初の正室は仁烈(インニョル)王后で、2人の間には4人の息子が生まれている。その長男が、世子(セジャ)の昭顕(ソヒョン)であった。しかし、仁烈王后は1635年に41歳で亡くなり、仁祖は二番目の正室として、荘烈(チャンニョル)王后を迎えた。 清に対する復讐心 14歳とい…
第1回 朝鮮王朝最大の屈辱 14代王・宣祖(ソンジョ)は、寵愛した側室の仁嬪(インビン)・金(キム)氏との間に4男5女をもうけたが、その1人が定遠君(チョンウォングン/1580~1619年)だった。彼には綾陽君(ヌンヤングン)という息子がいた。この綾陽君こそが、後の仁祖である。 光海君を強く恨んでい…