韓国ボーイズグループ「SHINee」キーが心配に満ちた表情で明け方に帰宅した。 9月1日に放送されるMBCバラエティー番組「私は一人で暮らす(シングル男のハッピーライフ)」では、本業である歌手のスケジュールを終えて、自宅で休息を取るキーの日常が公開される。 この日の放送で明け方までミュージックビデオ…
『コクドゥの季節』の中には、「トッケビや九尾狐、閻魔さまにでもならなければ…」というセリフが出てくる。コン・ユが出演したドラマ『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』には、不滅の命を生きるトッケビ(日本では鬼と訳される)や、死神が出てきた。九尾狐は九つの尾を持つ狐の伝説で、『僕の彼女は九尾狐』や『九尾狐…
朝鮮通信使の招聘に消極的だった松平定信が政治の表舞台から去っても、招聘問題は進展しなかった。朝鮮王朝は徳川幕府に不信感を持ち、あえて使節を派遣しようと思わなかった。こうして空白期間は延々と続き、気がついてみれば朝鮮通信使の来日が半世紀近くも途絶えてしまった。 対馬での易地聘礼 ようやく…
ボリューム満点の朝定食 ようやく見つけたのが青山島食堂だった。船着場の奥の海岸沿いにあった。一向に注文を取りに来ないので声をかけたら、「見たらわかります。1人前でしょ」と言い放った。メニューもなく、注文も勝手に決められてしまうらしい。 ようやく出航 黙って待っていたら、意…
霧の青山港 背後で足音がしたので振り向くと、霧の中から1人の女性が忽然と現れた。よく見ると、なんと、行きのフェリーにいたラーメン作りの名人ではないか。相変わらずの仏頂面で、どこかへ急いでいる様子なので、興味をそそられて後を付けてみたら、急に路地へ入った。急いでその路地へ行って見たが、も…
1764年に江戸時代で11回目にあたる朝鮮通信使の来日があったが、以後はまったく途絶えてしまった。そこには一体、どんな事情があったのだろうか。 松平定信の意向 徳川将軍が代わる度に幕府が対馬藩を通して朝鮮通信使の来日を要請するのが通常の手続きだった。 1787年に11代将軍・徳川家斉が…
フェリーも待機中だった その日は港近くの旅館に泊まった。韓国の旅館は一般的に素泊まりなので、食事は外の食堂へ出かけることになる。港の周辺を散歩しながら、水槽の中の魚が最も生きがよく見える食堂に入った。50代の夫婦が切り盛りしている店で、特に奥さんがてきぱきと動いていた。 …
地元の人たちの会話を羨ましい気持ちで見ていた。私は、近所の道ではいつも俯きがちに歩いている。「顔見知りに会っても気づかなかったことを装う」という気持ちがどこかにあるからだ。挨拶することが気恥ずかしい。そんな面倒くさがり屋の私からすれば、島の人たちはなんと自然で温かいことか。道端で人と会うことが楽しく…
朝鮮通信使の宿舎となった鞆の浦(広島県)の福禅寺 朝鮮通信使が来日した年を見てみると、順に1607年、1617年、1624年となっている。この3回の来日は、戦時中に日本に連れて来られた人々を帰国させることが主たる目的になっていて、「刷還使」という役割を担っていた。 使節の…