ちょうど空車のタクシーが通りかかった。なんというタイミングの良さ。離島どころかソウルにいるかのような便利さだ。運転手さんは30代の男性で、優しい目をしていた。口調もていねいで、低い声で「どちらまで行かれますか」と聞いてきた。私は相性の良さを感じ、「景色のいいところを走ってください」と言った。青山島の甘いも酸っぱいもすべて彼に託したい、という気持ちになった。
ちょっとした博物館みたい
運転手さんは車を走らせると、「キム・ジェファンです」と名乗った。生粋の地元生まれだという。
私が「この島には何人くらい住んでいるの?」と聞くと、待ってましたとばかりに、青山島についての説明が始まった。
「島の面積は33平方キロメートルで、車で回っても1時間くらいです。小さい島なのに土地に起伏があって、300メートル級の山がいくつもあります。住民は3000人ほど。やっぱり過疎化で減っていますけど、私は離れる気はありませんね。最近は観光客も増えていて、結構忙しいんですよ」
ジェファンさんはそんな説明をしながら、最初は美しい貝殻細工を見られる場所に案内してくれた。
「いろんな貝殻細工があって、ちょっとした博物館みたいなんですよ。ぜひ行ってみましょう」
彼は「博物館みたい」と言ったが、実際は小さな民家だった。その家の前で、40代の女性と年配の男女が立ち話をしながら大きな笑い声を立てていた。そして、ジェファンさんが「いつものように、ちょっと見せてください」と言うと、40代の女性が「どうぞ、どうぞ」と快く応じてくれた。
私はてっきり、一般公開している展示室のような建物があるのかと思っていたのだが、通されたのは、ごく普通に生活している居間だった。壁の二つの面にびっしりと透明な飾り棚が天井の高さまで置かれ、その中に様々な貝殻細工が陳列されている。
けれど、落ちついて見ていられなかった。その部屋の隅で女子高校生が机に向かって勉強していたからだ。
確かに、貝殻細工はどれも目を奪われるほどの出来ばえで、玄関で立ち話をしていた40代の女性の美意識が十分に感じられた。私もせっかくの機会なので貝殻細工を一つずつじっくり見たかったのだが、女子高校生の勉強を邪魔しているという意識が先立ってしまう。
別に彼女が嫌な顔をしたわけではなく、気持ちよく挨拶もしてくれていた。しかも、ジェファンさんはしょっちゅう客をここに連れてくる様子だった。
文・写真=康 熙奉(カン・ヒボン)
コラム提供:ロコレ