軍の訓練所でいくら厳しい訓練であり不条理な扱い(非人間的)を受けても、その中から芽生える連帯感や団結心と言う同志的感覚が生まれたのはこの上ない喜びでした。 特に私はこの国に来て、大学周辺や会社など特定の層、限られた人間しか付き合ってこなかったのですが、ここ軍隊は裏町で与太ってたチンピラから大会社のト…
1598年11月、最後に島津軍がかろうじて対馬にたどりつき、豊臣軍は完全に日本に引き揚げてきた。7年近くにわたった戦乱の影響はあまりにも大きかった。朝鮮半島は荒廃し、多くの人命が奪われた。 窮地に陥った対馬 戦乱の中で捕虜として日本に連れていかれた人も相当数にのぼった。そのほとんどが農…
貝殻細工を見てまわる ちょうど空車のタクシーが通りかかった。なんというタイミングの良さ。離島どころかソウルにいるかのような便利さだ。運転手さんは30代の男性で、優しい目をしていた。口調もていねいで、低い声で「どちらまで行かれますか」と聞いてきた。私は相性の良さを感じ、「景色のいいところ…
豊臣秀吉の大陸制覇の野望を早くから察知していた明は、豊臣軍の攻撃を知ってからもしばらく様子をうかがっていたが、ついに援軍を出した。しかし、1592年7月に平壌(ピョンヤン)で豊臣軍を駆逐しようとした明は、逆に敗退を喫した。 碧蹄館の戦い 明は日本の兵力をあなどっていて、武器や兵士の数が…
明と豊臣軍の間で続いていた和睦交渉の結果、最終的に豊臣秀吉は次のような条件を明に突きつけた……「明の皇帝は皇女を日本の天皇の后にする」「日本と明の間で途絶えている通交を再開させる」「朝鮮半島の中で北の4つの道と都の漢陽を朝鮮王朝に返す」。明の皇帝が承諾する可能性はなかった。 激怒した秀…
青山島の風景 青山島(チョンサンド)の港に立ったとき、真っ先に目に入ったのは、入り江に停泊する漁船の先に見えていた小山だった。正三角形のように秀麗な斜面を持った山で、一枚の絵に見立てた場合、「前に漁船の群れ、後ろに三角の山」という構図は、とってつけたような夕陽なんぞを加えなくても、人を…
済州島(チェジュド)で小さなホテルに泊まったときのことだ。ゆっくりと風呂につかろうと思ってバスルームに行ったら、湯船がなかった。あったのは、シャワーだけで拍子抜けした。「なるほど。これが韓国か」とそう思った。また、知り合いのマンションを訪ねたときのことだ。そのマンションには確かにバスルームに湯船があ…
1990年代の後半、ソウルに取材に行ったときは、ロッテホテルのロビーでよく人と待ち合わせをした。そのとき、来る人がほとんど30分くらい遅れてくる。理由はきまって「渋滞がひどくて」。私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)は笑って相手を迎えたが、腹の中はイライラしていた。 遅れる理由はかならず「渋滞」 理由はかな…
ソウル中心部にある李舜臣の像 日本が本格的な戦国時代に入ると、日本と朝鮮半島の交流も完全に途絶えてしまった。日本は国内が騒乱状態となって外交どころではなくなったし、朝鮮王朝は太平の世が続いて、感覚的にぬるま湯につかっているも同然だった。あえて面倒な外交に乗り出す気概もなかったと言える。 朝鮮王朝が送…
韓国では、キリスト教と仏教が2大宗教と言われている。儒教は守るべき生活規範であり、宗教とみなされていないのだ。2大宗教の教祖の誕生日は韓国で祝日となる。つまり、キリストの誕生日と釈迦の誕生日はともに国民が祝うべきめでたい日なのである。両教祖の誕生日が祝日になるというのは、世界の他の国にあるのかどうか…