<10月19日取材>
幼い頃から映画監督になる以外の夢を見たことがないというキム・チャンフン監督は一時、生活苦に苦しみながら大変な時期を過ごしたことがあった。長編シナリオを書ける時間を確保しながら生計を立てる方法を工夫し、モーテルでアルバイトをしたりもした。 『このろくでもない世界で』は当時キム・チャンフン監督が経験した、環境が人間に及ぼす影響と悪循環をベースにしたシナリオだった。義父から長い間家庭内暴力を受けてきた少年ヨンギュ(ホン・サビン)は、ミョンアン市の地元の犯罪組織のリーダー・チゴン(ソン・ジュンギ)に会い、自分自身も暴力性を学習することになる。
- サナイピクチャーズのハン・ジェドク代表が『このろくでもない世界で』のシナリオに注目し、以後ソン・ジュンギが関心を示しプロジェクトに速度がついた。主人公のヨンギュ役に果敢に新人のホン・サビンをキャスティングした点も目につく。
A . 新型コロナウイルス感染症の時だった。 ハン・ジェドク代表が「今後どんなことが起きるか分からないが、条件を問わず本当にやりたい作品をしなければならないという気がした」と言っていた。そのように『このろくでもない世界で』のシナリオがプラスエムエンターテインメントに伝達された。その時、ソン・ジュンギが主人公ではないのに本作のシナリオを読んで一緒に仕事をしたいと提案してくれたそうだ。ソン・ジュンギ先輩はホン・サビン、キム・ヒョンソはもちろん、新人監督である私が現場で活躍できるような雰囲気を作ってくれた。ヨンギュの役割は、比較的あまり知られていない俳優と一緒にやりたかった。どこかで本当に生きている人物に会ったように見えることを願った。キム・ヒョンソさんは、歌手のビビさんとして、舞台の映像やミュージックビデオを見てから、いつか演技をしてもよさそうなエネルギーを持った方だと思った。
- 映画の背景は「ミョンアン市」、仮想の空間だ。 しかし、実際にある空間のようにぎっしり詰まったディテールで表現されている。
A . 建物であれ土地であれ、周辺環境であれ、少しでも新しいものがあってはならないという原則を立てた。人物たちが感じている窮屈さと疲弊は目に見えない抽象的なものだ。 このような感情を視覚化し、観客も一緒に感じてもらうために都市を成すすべてのことを「古道具」のように表現したかった。 一例として、ヨンギュの家は天井が低く幅は狭いのに長い奇妙な形だ。そこから抜け出せない閉鎖性を見せたかった。 チゴンの事務室もやはり建物の裏に空き地と車庫があって閉鎖的な感じがする。 古い空間というアイデンティティがよく表れるように、実際に捨てられた喫茶店を見つけて撮影した。
- ミョンアン、ヨンギュ、チゴン、ハヤンといった名前はどう付けたのか。
A . ミョンアンは漢字で「暗い明、穴の中」という字を使って抜け出せない地獄のような感じを込めた。ハヤン(白)はこの世界で唯一光のような存在だったため、非常に明確に付けられた名前だ。ヨンギュは語感で考えた。「ヨン」は軟弱な感じだが「ギュ」のきつい音は以後、ヨンギュが迎える変化を連想させる。 チゴンの荒々しい語感は直観的に思い浮かんだ。
- 「父と息子」の抜け出せない絆とか大人の暴力性が子供たちに受け継がれるという話は、実は韓国映画で多く繰り返された素材だ。このテーマが陳腐に見えないよう、監督ならではの新しい見方を溶け込ませるために、どんな悩みがあったのか。
A . 単純に暴力的な環境に置かれた人物の状況を描くよりは、そのような状況がどのような破局の原因になりうるかを示そうとした。また、一人の人物の過去と未来をチゴンとヨンギュのキャラクターを通じて、まるで鏡のように具現し、一本の映画に盛り込みたかった。 同じ人生を生きてきた2人がお互いを眺めながら自分自身を振り返る過程で、私がしようとした話を投影すれば、さらに面白い話になるのではないかと思った。
- 暴力描写がかなり激しい。マスコミ配給の試写会の時も、あちこちで苦しそうにしている記者が続出した。
A .『このろくでもない世界で』は暴力が一人の人間の人生にどんな悪影響を及ぼすのかを話す作品だ。 そのため、暴力が登場するのは避けられない。そのためジャンル的でない方式で接近しようとした。 家庭内暴力は非常に敏感な事案であるため、直接的に描写する代わりに、サウンドやヨンギュの母親であるモギョンの反応を通じて、どんなことが起きているのか見当がつくようにした。 組織内で起こる事件も、直接的な描写よりは人物の情緒に集中しようとした。
- 後半部にハヤンが自発的にチゴンの人質になる場面は論難の余地がありうる。
A . 環境的要因がどれほど大きな危険性を内在しているかを示すためには、ヨンギュの危険な選択がヨンギュと関連したすべての環境に影響を及ぼさなければならなかった。そのため、チゴンだけでなくハヤンやヨンギュの家庭全体にも影響を及ぼす事件が必要だった。 また、ヨンギュとチゴンは映画的には同じ人物だが、違う結末を迎える理由を示さなければならなかった。ハヤンはヨンギュにとって真の意味での保護者であり、チゴンにはそのような存在がない。ハヤンの選択をヨンギュが目撃した瞬間、むしろ能動的な態度を取ったため、ヨンギュは今のような結末を迎えることができた。
- もともと3つのバージョンの結末があったと聞いた。今のエンディングを選んだ理由は何か。
A . 以前はチゴンが今よりもっとクールなキャラクターだった。 ヨンギュとチゴンの戦いを止める過程で、ハヤンが事故で亡くなり、チゴンが酒から覚めた後、自分がヨンギュの父親ジョンドクと同じ怪物になったことに気づき、後悔する。 その瞬間、ヨンギュも怪物になってチゴンを攻撃し、父親も殺すというバージョンがあった。ハヤンは生きているが、ハヤンの目の前でヨンギュが父親を殺す結末もあった。そして、残りの一つが今のエンディングだ。 ヨンギュは暴力的な環境に流されて、自分の本性とは反対の選択をし、そのような選択一つ一つが世界全体に悪影響を及ぼすことになる。 ヨンギュの選択によって破局が起こるが、同時にヨンギュは被害者でもある。 そのようにヨンギュが経験したすべての事件は結局、彼の成長へと帰結しなければならず、少し違う選択をしてこそ継続して生きていける力を得るのではないかと考えた。これまでは暗鬱だったが、ヨンギュの残りの人生に小さな光を与えたかった。
<STORY>
継父のDVに怯える18歳のヨンギュ(ホン・サビン)は、義理の妹ハヤン(キム・ヒョンソ)を守るために暴力沙汰を起こして高校を停学、その上、示談金を求められる。生き抜く術のないヨンギュは、地元の犯罪組織のリーダー、チゴン(ソン・ジュンギ)の門戸を叩くほかなかった。仕事という名の“盗み”を働き、徐々に憧れのチゴンに認められていくが、ある日、組織の非情な掟に背いてしまい……。
このろくでもない世界で、ほんの一瞬でも彼らに陽が注ぐことはあるのだろうか?
監督・脚本:キム・チャンフン(初長編監督作品)
出演:ホン・サビン、ソン・ジュンギ、キム・ヒョンソ(BIBI)
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:happinet-phantom.com/hopeless X:@hopeless_movie
2023年/韓国/カラー/シネマスコープ/5.1ch/原題:화란/英題:HOPELESS/123分/字幕翻訳:本田恵子/R15+
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7/26(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開