「トークイベントレポ」映画「ベイビー・ブローカー」是枝裕和監督・鈴木おさむが本作の見どころを語り尽くす! 神テイクの連続!俳優陣が生み出した”ミラクルな瞬間”とは?

是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』の大ヒットを記念して7月21日(木)、東京・日比谷のTOHOシネマズ 日比谷にてトークイベントが開催。是枝監督に加え、以前から是枝監督と親交のある放送作家の鈴木おさむさんも出席し、本作についての様々な質問を監督にぶつけた。

意外な組み合わせに思える2人だが、鈴木さんが以前、是枝監督の著書「映画を撮りながら考えたこと」を読んで感動し、感想を書いたハガキを出版社に送ったことをきっかけに交流が生まれ、それから、是枝監督の新作が公開されるたびに、鈴木さんのラジオ番組に監督が出演するようになったという。

鈴木さんは同書の中で是枝監督がホームドラマについて書いた部分を引用しながら、今回の『ベイビー・ブローカー』の感想をこう語る。「本を読み返したら、面白い一節があって、『家族だからわかり合える、家族だから何でも話せるというのではなく、家族だからこそ知られたくない、家族だからわからないということのほうが、実際の生活では圧倒的に多いと思います。かけがえがないけど厄介だという、その両面を描くことがホームドラマにおいては重要だと考えています』と。僕はこの作品を観て、この物語は最悪なことから始まっていくホームドラマだなと解釈しました。最悪なところから始まって、家族じゃない人たちが、家族の形を作っていくんですけど、“ホームドラマ”という表現がこの映画にすごく合っているなと思いました」と語る。

鈴木さんは数年前に父親を亡くしており「父が亡くなって初めて『あ、親子だったんだな』とすごく感じたんです。いなくなって初めて気づくというか、(映画でも)失われそうになっていけばいくほど、みんなが“家族”を感じているなと思いました」と自身の経験もなぞらえつつ、家族を描いたホームドラマであると評する。

是枝監督はその言葉にうなずきつつ「(主人公たちの)旅はいつか終わるので、短い時間だけ一緒にいる人たちであり、“家族”とも呼べないような集団ですけど、終わりに向かうにつれて、離れがたくなっていく。かけがえのないものになっていくんだけど、もう終わりが見えている。でも、それは普通の家族も同じで、気づいてないだけで常に終わりに向かって進んでいるんだなというのは、僕も自分の父や母を亡くしたとき、初めて思いました。なくさないと気づかない――そういうものなんですよね。後で振り返った時、きっと彼らは『家族』という言葉を聞いた時、車の中だったり、洗車の時のことを思い出すのかなと」と語る。

鈴木さんは「終わりのあるもの」として映画の中に登場する観覧車のシーンについて「なぜ観覧車に?」と質問。是枝監督は「好きなんですよね、観覧車(笑)。“回る”というのがいいですね」とポツリ。「でも、韓国のスタッフには『韓国人はそんなに観覧車好きじゃないよ』と言われまして(苦笑)。観覧車のある遊園地を探すのも大変でした」と明かす。

観覧車のシーンの撮影は、監督は同乗できず、NGが出ても、すぐにやり直すことができず、1周まわって戻るまで待たなくてはならないなど、難しい部分が多い。監督は「夕方を狙ってたんですけど、一周回ってしまうと光が変わってしまうので、1日1テイクかせいぜい2テイクという状況で、上にのぼると電波が飛んでこないので、(映像を)見られないしセリフも聞こえない。でも、役者の顔を見ていると、良いものが撮れたなとわかるという妙な感じでした」とふり返る。

また、鈴木さんはカン・ドンウォンがインタビューで「監督はあまりモニターを見ない。芝居を直で見るので、不安になることもあった」と語っていたことに触れ、モニターを通してではなく俳優の芝居を直接見る理由について質問!

是枝監督は「モニターでお芝居を見ていると、逆に遠くなるんですよね。大きなスクリーンに映した時の感じというのは、むしろに現場で肉眼で見ているものと近いんです。モニターで判断すると、大きなスクリーンで見たときに『もうちょっと抑えればよかった』とか思っちゃうんですけど、現場で肉眼で見ていると間違わないんですね」と独特の芝居に対する審美眼について語った。さらに鈴木さんは、カン・ドンウォンが「いままでで一番自然に演技ができた」と語っていたことに触れつつ、役者の自然な演技を引き出すために意識していることについて尋ねる。

監督は「言い方が難しいけど、なるべく役者が芝居に集中しないように――自分のセリフだけに集中しないようにというのは思っています」と独特の表現で説明。今回、カン・ドンウォンは現場で少年ヘジン役の子役の面倒をずっと見ていたとのことで「本番直前まで言うことを聞かなくて、一番大事な『生まれてきてくれてありがとう』というセリフのシーンでも、直前までベッドの上で跳ねてたんです(苦笑)。僕が『ここだけは静かにしてね」と言っても聞かなくて、カン・ドンウォンさんが『あとでレゴを買ってやるから!』って(笑)。一緒にスケボーで遊んであげたりもしてて、それが逆に本番でも良い感じで出てます。最後のホテルに赤ちゃんを買いに来る夫婦が入ってきたとき、あの少年はサッカーボールで遊んでて、カン・ドンウォンさんがすごく雑に引っ張っていくんだけど、あれはほぼ素です(笑)。あの感じがすごくよかったです。旅の終わりになった時、あの2人があの距離感になっているのがとてもよかったですね」と語り、自分のセリフだけに集中させるのではなく「何かのついでにしかセリフを言えない状況を作ることが大事ですね」と秘訣を明かした。

鈴木さんは、撮影の中で起こる、監督の想像をも超えて生まれる“ミラクルな瞬間”についても質問。「観覧車で(涙を流して)目を覆うシーンが『リモコンか?』というくらい、すごいタイミングの涙ですけど…」と語ると、是枝監督は「あれは実はテイク1なんです」と明かし、これには鈴木さんも「キター(笑)」と驚愕!

是枝監督は「あの観覧車、すごく古くてずっとギシギシとすごい音がしてたんです。録音部には『この音は使えないと思うから、明日、もう一度、リテイクしたい』と言われて、翌日に2テイク撮っているんです。でも、お芝居は圧倒的にテイク1が良くて、頑張ってノイズを抜いて仕上げました。技術スタッフは『絶対に使えない』と言ってたんですけど、僕は3つを比べたらテイク1しかないなと思ったし、自分のお芝居についてめったに意見を言わないイ・ジウンさんがあのシーンに限っては『自分としては、ひとつ目が一番よかったと思う』と言ったので、もう1を使うしかないと思いました」と明かした。

こうした“ミラクル”との遭遇について、是枝監督は「役者によるけれど…」と前置きし、ペ・ドゥナが演じる刑事が夫に電話して、音楽を電話越しに聴かせるシーンについて言及。「ペ・ドゥナさんは、テイクが始まった時に『これがOKテイクだな』とわかる役者なんです。カメラが回ってお芝居を始めた瞬間に『これは神テイクになるぞ』とわかる役者さんのひとりで、安藤サクラさんもそういう役者さんです。ああいうテイクの時は、僕も技術スタッフも『あぁ、はじまった』とわかるので、トラブルが起きないようにすごく緊張しますね。そういうのを捕まえてくる役者がいるんですよ。屋上でペ・ドゥナさんとイ・ジウンさんが対峙するシーンもそうで、あのあたりはだいたいテイク1かテイク2で、あまり回しても意味がなくて、僕はもう手を合わせるだけです」とミラクルの瞬間を述懐する。

鈴木さんはさらに、クライマックスの「生まれてくれてありがとう」というセリフが発せられるシーンについても「どうやってるんですか?」と直球質問!

監督は「あのシーンは男の子をなだめるのに精いっぱいで…(笑)。ただ、あの少年、あのシーンで泣いてるんですよ。『生まれてくれてありがとう』と言われた直後に。現場は暗くて見えなかったんですけど、編集で見て『泣いてる!』って気づいたんです。ということは、あれだけはしゃいでいたのは、そういうシーンだから、照れたのかな? と思いました。実際に撮影してる時は、あの子を落ち着かせて…ということしか考えてなかったです。あそこもほぼ1テイクで、固めるシーンでもないのでほとんどぶっつけ本番でした。よく撮れたなと思います」と感慨深げに語っていた。

ほかにも是枝監督は、韓国映画ではもはやほとんどグリーンバックによる合成で撮影するようになっている車の運転シーンもあえてロケーションで撮影したことを明かす。「(グリーンバックのほうが)集中して撮れるという役者さんもいるということで、『パラサイト』のソン・ガンホさんの運転シーンも全部セットで止め撮りだと言われて、たしかにわからないなと思ったんですけど(笑)、だからこそ、絶対にロケーション撮影だとわかるように、必ず窓を開けて、風が吹き込むようなシーンにわざとしています(笑)」と監督なりの“意地”を明かした。

鈴木さんはその言葉にうなずきつつ「やはり、いま(映画界が)捨てていくものを、監督は拾っている。そこに“ホームドラマ”感があるなと思いました」と納得していた。

この日は、客席の観客からの質問にも答えたが、最初は、ラストシーンで5人の写真がミラーにぶら下がっているが、その意図についての質問。是枝監督はしばし思案したあとに「よかったですよね?」とニヤリ。「あの瞬間を思い出すんだろうなと思ったんですよね。最後に赤ちゃんのまわりにいられる人といられない人が生まれて、みんなではもう二度と車に乗らないなと思ったけど、それでも、あの時の写真を思い出す人がいるというのがいいのかなと思いました」と説明する。(2ページに続く)

関連記事

2022.07.22