見渡すかぎりすばらしい景観だけに、観光客が集まってくるのもよくわかる。私はまずヨンモリ海岸へ下りて行った。岩が波に浸食されて奇観をおりなしている。この凄まじい岩の変形ぶりは、人間の頭の中では到底思いつかない。まさに自然は芸術である。 「朝鮮幽囚記」という著作 ちょうど満潮時で波しぶきが高く舞い上がり…
今は済州島(チェジュド)の西南部にある中文(チュンムン)にいる。この中文の南側の海岸一帯は、今や済州島の観光を代表する国際リゾート地になっている。新羅ホテルやロッテホテルという高級ホテルが立ち並び、免税店、カジノ、ゴルフ場の利用客も次々とやってくる。済州島の新しい顔を代表するエリアなのである。 鐘の…
コロナのため家族一緒に暮らそうとソウルに移り住んで早3年が過ぎました。長かった日本の生活に馴染んだせいか、日々生活していると時々生活感覚が違い、戸惑うことがあります。 (西欧人だと髪の毛や目鼻立ち骨格、皮膚の色などその違いがはっきりしているので、‟私とは違う”と極めて接しますが、日韓だとほとんどと似…
1701年、19代王・粛宗(スクチョン)の側室だった張禧嬪(チャン・ヒビン)は、亡くなった仁顕(イニョン)王后に対して呪詛(じゅそ/呪い殺す儀式のこと)をした罪で死罪となった。そのときの描き方は、史実とドラマ『トンイ』では、どのように違うのだろうか。 奇怪な行動 まず、史実から見てみよう。 記録によ…
韓国南部の大都市の大邱(テグ)。この街から車で南に向かう。やがて低い山が見えてきた。どの山もお椀を伏せたように形がよく、木々も見事に紅葉して、秋の風景に彩りを添えていた。目がなごむ田園の景色を楽しみながら、友鹿里(ウロンニ)をめざす。そこは、日本武将の子孫たちが住む村である。 友鹿里の風景 沙也可の…
韓国東南部にある慶州(キョンジュ)は、7世紀に朝鮮半島を史上初めて統一した新羅(シルラ)の首都があった場所で、935年に新羅が滅ぶまでは朝鮮半島の政治と文化の中心地だった。それだけに、韓国随一の古都としてよく知られている。 郷校を彩る見事なイチョウ 仏国寺の再建は朝鮮王朝時代後期 慶州では、世界遺産…
朝鮮王朝の11代王だった中宗(チュンジョン)は1488年に生まれた。父は9代王・成宗(ソンジョン)で、母は貞顕(チョンヒョン)王后だった。中宗は『宮廷女官 チャングムの誓い』でもおなじみの国王である。 画像=韓国MBC『宮廷女官 チャングムの誓い』公式サイトより 赤いチマ岩の伝説 ◆中宗は、王子の時…
朝鮮王朝の王は、すべて李(イ)という姓を持った男子。本貫は全州(チョンジュ)である。この本貫というのは、一族の始祖の出身地のことで、その一族の流派を示す重要な身分保証となるものだ。わかりやすくいえば、朝鮮王朝の王は「李」という姓と「全州」という流派を持った一族ということになる。 初代王が育った場所 …
女優のイ・ヨンエも、「宮廷女官 チャングムの誓い」の撮影に際して、宮中料理研究院で神仙炉の作り方を学んだ。「神仙炉の場合、材料をただ鍋に入れるだけではなく、色彩や角度のバランスを考慮しなければなりません」と彼女は言っていた。 食文化に大きな足跡を残した イ・ヨンエはさらにこう言っていた。 「食材一つ…
朝鮮王朝時代、最も重視された王族の食事は朝スラサンと夕スラサンであり、国王が食べる際には常に3人の毒味役の女官が付き添い、料理は厳重にチェックされていた。それでは、どのような料理が常に提供されていたのかを見てみよう。 真髄は何か スラサンの基本構成は、ご飯、湯、3〜5種のスープ、2〜7種の主菜、そし…