【時代劇が面白い】朝鮮王朝で評判がひどかった「最悪の10人」とは?(歴史編)

韓国時代劇には朝鮮王朝時代の悪人がよく出てくる。そうした悪人の中で、史実でも評判が悪い10人を選んでみた。この人たちのせいで、朝鮮王朝の歴史には数多くの汚点が残ってしまった。

最初の3人

世祖(セジョ/1417~1468年)
7代王で在位は1455~1468年。首陽大君(スヤンデグン)という名でも知られる。4代王・世宗(セジョン)の二男で、6代王・端宗(タンジョン)の叔父。大変な野心家で、結局は端宗を脅して王座を奪う。その後は、端宗を復位させようという動きを徹底的に封じ、それを計画していた官僚たちを根こそぎ惨殺した。さらに世祖は、端宗が生きていると復位の動きがやまないと警戒し、端宗を上王から庶民に降格させたうえで死罪にした。

廃妃・尹氏(ペビ・ユンシ/1445~1482年)
9代王・成宗(ソンジョン)の正室。成宗の側室に嫉妬して宮中に呪いの言葉を持ちこみ、さらに成宗の顔をひっかいてしまい、1479年に廃妃となる。その果てに、1482年に死罪となった。「私の恨みを晴らしてください」と言い残したと伝えられており、息子の燕山君はその事実を知ってから、母の死罪に関係した官僚や女性を大虐殺した。

燕山君(ヨンサングン/1476~1506年)
10代王。在位は1494~1506年。9代王・成宗(ソンジョン)の長男として生まれた。元来が粗暴な性格で、王朝最悪の暴君と言われた。1506年にクーデターによって王位を追われ、同年に流配先の江華島(カンファド)で世を去った。
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