「インタビュー」コン・ユ、主演映画「82年生まれ、キム・ジヨン」について「判断は観客の役割…出演したことに後悔はない」

 

コン・ユは「『82年生まれ、キム・ジヨン』で、女性に対する不当な待遇や差別と関連したエピソードや見えるものにおいてかなりの共感を得ている。映画に共感できなければ、撮影しなかった可能性もある」とし「各自違う生き方を送っており、各自が置かれている状況により受け取ることが異なるため、慎重に一般化させることが難しい。私は映画に対して共感し認める部分が多い。認められなかったら、この映画はしなかったはずだ」と付け加えた。

そしてこの作品を通じて伝えたいことに対しては「『どうして他人を傷つけられないの』というジヨンのセリフと関連している。私もまた大衆の前に出る俳優という職業を持つ人間として経験しなければならない苦痛の数々がある。家族の間で、両親と私の間で置かれている立場や役割のため、不本意ながら埋もれる時があると思う人間だ」と打ち明けた。

彼は続けて「忙しい生活を送れば、現実ではこのような部分について考えられずに生きている。映画が持つ特性のようだ。“みんなが知っているが誰も知らない”という映画のコピーと同じだ」とし、「普段私たちは皆がそれを当たり前だと思っている。そこから訪れる小さな傷がたくさん積もれば、無視できないという気がする。私もこの映画を通じてそうした部分に対する慰めを受け、現実にはすべて忘れているが、一度ぐらいはこの映画を見て周囲を、そして自分を振り返るきっかけになればと思う」と伝えた。

コン・ユは「人として、俳優としてそのようなことをすべて取り除き、一人の人間として私が世の中を見つめる自分の観点があるのではないか」とし「そのような側面で私は痛烈さも感じられた。映画的に説明すると、自分の声を出せなかった女性が、自分の声を出すことができるということに感謝した。そんなことは、たまに私も一人として世の中に向けて話したい話でもあり、近くにいる人々に一度ずつ投げかけたい話でもあった」と打ち明けた。

またコン・ユは「最初は家族としてスタートし心が動いた」とし「家族や社会生活や親しい友人や私たちが社会を構成しているそれぞれの構成員としての関係や役割がある。そんな役柄の中で、思わむことできっと傷つく部分があるだろう。私が慰められたのはそのような脈絡だ。一生そんなことを分からずに生きていけるだろうし、傷ついたことを知って本人だけの方法で癒され勝ち進む人もいるだろう。そういうところで映画から癒やされた」と告白した。

(3ページに続く)

・「コラム」コン・ユの言葉が胸に突き刺さる!

・俳優コン・ユ、”「トッケビ」以降疲れた。個人に帰る時間を持った”

・俳優コン・ユ、“観客たちが思う私のイメージのために心配だった”「82年生まれ、キム・ジヨン」

・俳優コン・ユ、“シナリオを見て感動。幼年時代が知りたくなって母に電話” 「82年生まれ、キム・ジヨン」

2019.10.17