「コラム」第4回 康熙奉(カン・ヒボン)の国王毒殺実録/イ・サン編D

 

疑惑の張本人

異様な巡り合わせが憶測を生み、正祖の死後には「貞純王后によって毒殺された」という噂が宮中に流れるようになった。
根拠は、「正祖の死によって一番の恩恵を受けたのが貞純王后であったこと」「彼女が正祖のもとに薬を届ける機会があったこと」「臨終の場にただ1人で立ち会ったこと」などである。


真相は定かでないが、貞純王后には疑われるだけの理由がありすぎた。
実際、正祖が亡きあとの朝鮮王朝は、貞純王后の思うがままになった。後継者の23代王・純祖(スンジョ)がまだ10歳だったために、貞純王后は王族の最年長という立場を利用して政治を代行した。
これが、朝鮮王朝にとっては不運だった。(ページ4に続く)

2017.02.27