貞純王后が正祖を毒殺した?
貞純王后は政治の実権を握ると、正祖が重用した高官たちを次々に罷免(ひめん)して、自分の一派に重職を与えた。そのうえで、正祖が進めた新しい制度や法律をガラリと変えてしまった。
さらに、貞純王后はキリスト教徒を弾圧し、信者たちを大虐殺した。
彼女がそこまで残虐非道だったのは、対立する政治勢力にキリスト教徒が多かったことが大きな理由だった。
貞純王后の摂政は4年間だけだったが、この間に正祖がめざした改革はほとんどつぶれたと言っていい。
そうやって政治を私物化した貞純王后は、1805年に亡くなった。
やはり、正祖は貞純王后によって毒殺されたのではないか。
現在に至るまで、そう考えている人は多い。
(終わり)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
出典=『実録!朝鮮王朝物語 「トンイ」から「イ・サン」編』
コラム提供:ロコレ
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