
こんな言葉がある。
「元特殊工作員には手を出すな。彼らの子ども、あるいは子どものように大切にしている犬にも、決して手を出してはならない」
力を隠した本物の強者を見抜けず、彼らの最後の警告まで無視して挑発すれば、どうなるだろうか。その恐ろしい結末は、想像すらしたくない。
そして、ここに一人の男がいる。彼の名は“キム部長”だ。韓国で最も多い姓に、ごく平凡な肩書。本名なのか、それとも役職に合わせて付けられた呼び名なのかも分からないこの男は、この世で最も強い父親である。毎朝、娘ミンジのために朝食を用意し、娘が望むことなら何でもかなえようと努力し、娘のためならひざをつくことさえいとわない。まさに筋金入りの“娘バカ”だ。
シングルファーザーであるキム部長は、「ミンジの父親として生きてほしい」という亡き妻の最後の願いを胸に生きてきた。ところがある日、愛情を注いで育ててきたミンジが突然姿を消してしまう。娘の失踪に気付いたキム部長は、ためらうことなく妻との約束を破る。彼の頭にあるのは、ただ一つ。「娘を救い出す」という目的だけだった。
ミンジを連れ去った者たちは知っているのだろうか。彼女の父親が、17回もの北派工作任務を遂行した元国家秘密要員だったことを。
最近、韓国の週末の夜を熱くしているSBS金土ドラマ「エージェント・キム:リアクティベーティッド」は、そんな物語から幕を開ける。第4話までの放送で早くも視聴率21.6%を記録し、異例のヒットを見せている。SBSドラマが視聴率20%を突破したのは、2024年の「涙の女王」以来2年ぶり。しかも、わずか4話で“魔の20%”を超えたことで、残る6話でさらなる高みを目指せる可能性も十分にある。一部では、“夢の30%”に期待する声まで上がっている。
今回は、娘を捜す父親の壮絶な闘いを描く「エージェント・キム:リアクティベーティッド」について語ってみたい。そして、王道でありながらどこか見慣れたこの物語が、なぜこれほど多くの視聴者を魅了しているのかを考えてみたい。
■「“触法少年”なら、私は“無法中年”になる」
実際、「エージェント・キム:リアクティベーティッド」は決して目新しい作品ではない。むしろ、「よく知っている味」に近い作品と言える。正体を隠した元特殊工作員という設定は、映画「96時間」や「イコライザー」シリーズを思わせる。愛する家族を守るため、封印していた力を解き放つキム部長の姿は、リーアム・ニーソン演じる「96時間」の主人公や、キアヌ・リーブス演じる「ジョン・ウィック」と重なる。
韓国作品でいえば、ウォンビン主演の「アジョシ」(2010年)が、このジャンルを代表する作品だ。また、SBSを代表するシーズン制ドラマ「模範タクシー」も、元特殊部隊将校のキム・ドギが平凡な職業に身を隠しながら悪人を裁くという、同じ王道の構図を持っている。
こうした作品を一つでも見たことがある人なら、「エージェント・キム:リアクティベーティッド」に既視感を覚えるだろう。ウェブトゥーンを原作とした本作は、奇をてらった展開に頼らず、“娘がさらわれ、父親が助けに向かう”という極めてシンプルな物語を真正面から描く。
娘が誘拐される。そして父親が助けに向かう。その父親を演じるのがソ・ジソブ。それだけの物語だ。
しかし、この“王道”こそが、「エージェント・キム:リアクティベーティッド」がわずか4話で視聴率20%の壁を突破した理由の一つなのかもしれない。
家族を守るため、本来の力を隠して生きてきた父親の物語は、世界共通のヒットの方程式と言っても過言ではない。その代表例が、2008年公開のフランス映画「96時間」だ。脚本・製作を手掛けたのは、「ニキータ」(1990年)、「レオン」(1994年)、「フィフス・エレメント」(1997年)など数々の名作を送り出したリュック・ベッソンだった。
しかし、公開当初、この作品は決して大きな期待を集めていたわけではない。ハリウッド大作に比べて製作費は少なく、主演のリーアム・ニーソンも当時はアクション俳優というよりドラマ俳優のイメージが強かったからだ。
ニーソン本人も後年、「フランスで数週間上映された後、そのままビデオ作品になると思っていた」と振り返っている。
■父親神話の始まり「96時間」の世界的ヒット
しかし、状況はすぐに一変する。映画は世界興行収入2億2600万ドル(約330億円)という驚異的なヒットを記録したのだ。「96時間」は当初狙っていた米国市場はもちろん、韓国でも230万人を超える観客を動員し、大ヒットを収めた。その後、シリーズは3部作へと発展し、父性愛と正義の実現という王道が、時代を超えて支持される強力なテーマであることを証明した。
元特殊工作員の圧倒的な能力は、こうした“先輩パパ”たちが長年にわたって十分に証明してきた。そして、物語に没入するために最も必要な主人公への共感は、「父性愛」という3文字だけで成立してしまう。
だからこそ、「エージェント・キム:リアクティベーティッド」は、主人公がなぜこれほど強いのか、なぜ命懸けで娘を捜すのかを長々と説明しない。視聴者も前日譚を知らなくても、第1話から父親の切実なまなざしに自然と引き込まれていく。王道だからこそ成立する強さが、そこにはある。
もちろん、“パパユニバース”に分類される作品の父性愛は、単なる家族愛では片付けられない。彼らの激しい怒りには、「娘を守れなかった」という罪悪感と、「必ず取り戻す」という強い決意が入り混じっている。時に過激に見える制裁も、実際には必死のあがきそのものだ。表面的には爽快なアクションでありながら、その根底には切迫した感情が流れている。その感情が、暴力描写への抵抗感さえ薄れさせる。
劇中では、「俺は触法少年だから法律では裁けない」と言い放つ男に対し、キム部長はこう返す。
「それなら私は“無法中年”になる」
法では裁けない相手なら、自らの手で決着をつけるという宣言だ。しかし、それを見ている視聴者は「それでも駄目だ」とは思わない。
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