『朝鮮王朝実録』を読んでいくと、光海君に対してひどい蔑称を使っていて、光海君を悪者にしようという意図が露骨に見えます。果たして、光海君は本当に、単純な暴君だったのでしょうか。 光海君を追放する号令 燕山君(ヨンサングン)を追放した1506年の「中宗反正(チュンジョンパンジョン)」は、暴…
韓国では出世するために、この三つの要素が絡んできます。血縁では名だたる両班の出である方が箔がつきます。私の場合を例にとりますと、一応名門の安東権の出です。一応と申しますのは、実際は正当な流れをくんだ形跡がなく、戸籍法が変わって平民でも苗字がつけられるようになってから、祖先が名家の「安東権」(現存する…
1619年、中国大陸を支配していた明は、異民族の後金に惨敗してしまいます。やはり、明の国力が衰えていたのです。両国の間に入って、朝鮮王朝はどういう態度を取ったのでしょうか。 危機感を持った光海君 朝鮮王朝は建国以来、明を崇めていました。とにかく、小さな国は大きな国に逆らってはいけない、という考え方で…
光海君を支持する政治的な派閥が大北(テブク)派です。大北派は光海君が王であり続けるかぎり大出世を果たせるので、自分たちの地位を守るために暗躍します。主導的に動いていたのが金介屎(キム・ゲシ)という女官です 命を奪われた永昌大君 1609年、大北派は光海君への批判を繰り返していた臨海君(イメグン)を殺…
フランスが第五共和政まで二百年かかったにも関わらず、わずか一世代で第六共和国まで上りつめた国。イギリスが産業革命以後二百年かけて成し遂げた産業化をわずか一世代で成し遂げた国。世界歴史上前例のない短い期間で、「産業化」と「民主化」を成し遂げた国。 我々全員がそれぞれの持ち場で汗を流し努力した結果、国民…
光海君はクーデターで廃位にされた王ということで、かつては暴君というイメージが先行していました。しかし、その後の歴史研究が進んでくると、「そうではないのではないか」と評価が変化してきました。果たして、実際の光海君はどのような王だったのでしょうか。 庶子出身の王 光海君の父親は14代王・宣祖(ソンジョ)…
韓国時代劇の『華政(ファジョン)』を見ていると、「大北(テブク)派」という言葉がよく出てくる。これは朝鮮王朝の政治を主導した派閥の名称なのだが、当時の派閥の構図はどのようになっていたのだろうか。 当初は東人派と西人派 朝鮮王朝の病巣と言われたのが「党争」だ。これは、政治を動かす人たちが派閥を形成して…
韓国時代劇『華政(ファジョン)』の序盤では、光海君と臨海君の悲劇的な兄弟関係が描かれていた。2人はなぜ、骨肉の争いを起こさなければならなかったのか。 長男としての面目 14代王・宣祖(ソンジョ)には当初、正室が産んだ子供がいなかったので、彼は側室が産んだ王子の中から後継ぎを選ばざるをえ…
韓国時代劇『華政』の歴史的な背景を見てみよう。光海君と仁穆王后の対立は、なぜ起こったのだろうか。そこには、厳しい王位継承問題がからんでいた。 側室から生まれた2人の王子 14代王・宣祖(ソンジョ)は異質な王であった。 それ以前の13人の王が嫡子(王の正室が産んだ王子)の系統であるのに対…
光海君が流された済州島の風景 朝鮮王朝が実施した流刑は、罪の軽重によって流配地を決定するというものだった。つまり、重い罪を負うほど漢陽(ハニャン/現在のソウル)から遠い場所に流されたのである。特に、多かったのが朝鮮半島西南部の諸島や済州島(チェジュド)。とりわけ、朝鮮王朝時代に南海の孤…