第2回 貞明公主の絶望 14代王・宣祖(ソンジョ)と仁穆(インモク)王后を両親にして1603年に生まれた貞明公主。弟は3歳下の永昌大君(ヨンチャンデグン)だった。宣祖が1608年に亡くなり、異母兄の光海君(クァンヘグン)が15代王になったのだが……。 年が離れた兄弟 光海…
「韓国有名校同窓生の自画像」で語られたように、韓国は最貧国から三十年の間に世界でも例のないほどの速度で先進国に駆け登りました。「パリパリ」(早く早く)の精神で飢えを脱出し、世界に肩を並べるまでに成長しました。 一九六一年に朴槿恵大統領の父である朴正煕将軍がクーデターを起こし、経済建設を推し進めた結果…
第1回 貞明公主の誕生 公主(コンジュ)というのは、王の正室が産んだ王女のことだ(王の側室が産んだ王女は翁主〔オンジュ〕と言う)。数多くの公主の中でも、貞明公主は歴史的に有名だ。どんな女性だったのだろうか。彼女の波瀾万丈の人生を追ってみよう。 側室から生まれた初めての王 …
集団的自衛権で日本でも軍隊のことが話題になっています。今後徴兵云々の話まで飛躍するとは思いませんが、韓国人にとって男子の兵役は生まれながらの当然の義務として受け入れられています。我々の頃は三年でしたが、今は二年(陸軍)に短縮されています。それでも負担になるのは間違いありません。 特にスポーツ選手や芸…
朝鮮王朝時代の27人の王の平均寿命は、46歳である。贅沢な食事をとって栄養がたっぷりだった割には、平均寿命がそれほど長くない。やはり激務が応えたとしか言いようがない。 王の子供の数の比較 朝鮮王朝時代には、前期より後期になると、王の子供がどんどん少なくなる傾向があった。 27人の王を比較してみると、…
朝鮮王朝の王は、すべて李(イ)という姓を持った男子。本貫は全州(チョンジュ)である。この本貫というのは、一族の始祖の出身地のことで、その一族の流派を示す重要な身分保証となるものだ。 初代王が育った場所 わすりやすくいえば、朝鮮王朝の王は「李」という姓と「全州」という流派を持った一族ということになる。…
「IKKO」さんのお話に触れましたが、彼女のその働きが認められ、韓国観光名誉広報大使に選ばれました。正直申しますと、韓国人の情緒からいえば「女装麗人」はテレビなど公の場所に堂々と登場できませんでした。儒教の影響の強い韓国では、男は「男たるもの強く堂々とすべし」(大丈夫)というイメージですので、男が「…
●看板もキツイ 韓国の町を歩くと、そこかしこに標語や警告などが目に留まりますが、その表現がきついというか、大上段に構えたものが多くみられ、日本との違いを感じます。 昔は、「サウミョンソ コンソルハジァ」(戦いながら建設しよう)、「ジャスヘソ グァンミョンチャッチャ」(自首して光明を取り戻そう)など、…
最近では韓国でも村上春樹作品のような純文学が若者に読まれベストセラーになっていますが、今もなお先ほどの重い概念が反映されていないストーリー展開は小説扱いされません。韓国人は「大河小説」、「大河ドラマ」が大好きです。 ある日本の作家が、日本の小説のテーマは「愛」で韓国は「政治」だと、どこかで書いている…
ダンベコンチ イ ゴセ ボリジ マセヨ(タバコをここに捨てないでください) チョグク タンエ ポリヌン ヘンイイムニダ(祖国の地に捨てる行為です) ソウルの城郭を散策していたら、木と木の間に掲げられた「ポイ捨て禁止」の垂れ幕を発見しました。木が生い茂っているところにタバコの吸殻を捨てたら火事になる恐…