「コラム」連載 康熙奉(カン・ヒボン)のオンジェナ韓流Vol.76「朝鮮王朝王家の少子化」

世宗の子供は何人?

もう一つの理由は、朝鮮王朝後期に儒教的な“礼”が厳しくなったことだ。たとえば、親族が亡くなったときに王は24カ月間も喪に服さなければならないが、このときには子供をつくることも禁じられた。
寿命が長くない時代の2年間は今よりずっと貴重な時間だっただろうが、王はその間に禁欲的に過ごさなければならなかった。それが、結果として子供の減少につながってしまった。
なお、王妃の中で誰が一番多くの子供を産んだだろうか。

上位3人は、昭憲(ソホン)王后(4代王・世宗〔セジョン〕の正室/8男2女)、神懿(シヌィ)王后(初代王・太祖〔テジョ〕の正室/6男2女)、元敬(ウォンギョン)王后(3代王・太宗〔テジョン〕の正室/4男4女)である。朝鮮王朝では初期の頃に多産系の王妃が多かったのだ。
ちなみに、朝鮮王朝の最高の名君といえば、ハングルを作るうえで功績があった4代王の世宗だが、彼には子供が22人もいた。
その子供を産んだのは、正室が10人で側室が12人。世宗は「子だくさん」でも有名な国王だったのだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

2019.06.22