太祖の怒り
芳遠は1398年に一気に異母弟たちを排除するクーデターを起こしますが、それには伏線があります。最初に行動を起こしたのは鄭道伝のほうでした。彼は、王が病気だからみんな王宮に集まれという伝令を王の息子たちに送ります。そうやって集めた神懿王后の息子たちを一網打尽で排除するという策略でした。
それを見抜いた芳遠は逆に切り返し、謀議中の鄭道伝を殺しました。
芳遠はさらに、神徳王后が産んだ異母弟の2人を殺害します。
そして、芳遠は王宮に行って病床にいた太祖に会います。
父である太祖の怒りは尋常ではなかったのですが、すでに芳遠は王朝の最高実力者になっていて、さしもの初代王も芳遠を認めざるをえませんでした。
ここからが芳遠の賢いところなのですが、彼は五男の自分がいきなり王になると波風が立ちすぎるので、兄の次男・芳果(バングァ)を2代王に推挙し、自分は後ろから王を操ろうと考えました。
こうして、1398年に病身の太祖は退位して芳果が2代王・定宗(チョンジョン)になりました。
(次回に続く)
コラム提供:ヨブル
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康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』。
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