兄弟による「骨肉の争い」
1608年に王となった光海君の側近は、高官の李爾瞻(イ・イチョム)だった。さらに、女官の金介屎(キム・ゲシ)が控えていた。
李爾瞻と金介屎は冷血そのものだった。2人は確かに光海君が王になる過程で貢献したのだが、自分たちの立場を守るためにも光海君の王位を磐石にする必要があり、その目的を果たすために陰謀をめぐらせた。
最初に標的になったのが光海君の兄の臨海君(イメグン)だった。彼は長男でありながら王になれなかった腹いせで、光海君への批判を強めていた。
臨海君を危険分子とみなした李爾瞻と金介屎は、1609年に臨海君を流罪にしたうえで殺害してしまった。
この骨肉の争いに光海君がどこまで関与していたかは定かでない。李爾瞻と金介屎が先走って凶行に及んだとしても、光海君も報告を受けていたはずだ。その点では、いくら王といえども光海君の罪は免れない。(ページ3に続く)