私もある日、突然令状もなく軍の情報機関保安司令部のある機関に連れて行かれました。豊かな日本生活を放棄し、韓国に永住する人間は間違いなく北朝鮮が送り込んだ固定スパイ(その地に住み着いて情報を収集するスパイ)に違いないという思い込みで、引っ張られました。
理由がいっさいわからず分厚いドアの部屋に放り込まれたときの恐怖感は、言葉に表せないものでした。何か悪いことをして放り込まれたのなら、そのことについての弁明を考えるなど少しは気が楽になるのですが、なぜここに連れて来られたのかさっぱりわからない、ここにいることを誰にも伝えられない、殺されてもわからないという不安感と孤独感……。
取り調べで、私が北朝鮮のスパイではないかという容疑であることを知りホッとしました。スパイとしてでっち上げられるかもしれないのに、何が「ホッと」したのかというかもしれませんが、理由もなく一人で閉じ込められ、あれこれ思い巡らせる不安感よりは取っ掛かりができた方がどんなに気持ちが楽か……。
拷問室に連れて行かれ拷問されそうになったとき、殴られて身体に障害を受けては大変だと必死に日本での差別と疎外感、祖国での半分日本人だという蔑みの中で懸命に生きてきたこと、書類上の韓国人でなく、心から確信できる韓国人になるためもがいている現状を必死で訴えました。
そうしたら担当官は心動かされたのか何もせず私を解放してくれました。
三泊四日の後、「ここでの話は誰にも話さずこの誓いを破ったらいかなる罰でも受ける」という誓約書を書いて釈放されました。「ここから出られるなら何でも書きます」という心境でした。
表札のない大きな門から出たら、そこには日常と何にも変わらない喧騒な情景が飛び込んできました。
門一つ隔てて「天国」と「地獄」という言葉が脳裏をかすめました。
「天に昇る気持ちで」
「何と軽やかな足取りなのか」
「解放感とはこのことを言う」
どんなに言葉を並べてもその心境は言いつくせません。
しかしこのときの晴れた気持ちは一日として続きませんでした。タバン(喫茶店)に入り久しぶりのコーヒーを堪能しようとして愕然としました。開放の喜びもつかの間、タバンに座っている私を情報部員が監視しているという強迫観念に囚われました。公の場に行くと常に監視されている疑念が払拭されるまで一年かかりました。
昔は泣く子も黙る情報部でしたが、今ではマスコミや市民団体が強い発言権を持ち監視しているため人権蹂躙は陰をひそめました。
文=権 鎔大(ゴン ヨンデ)
出典=『あなたは本当に「韓国」を知っている? 』(著者/権鎔大 発行/駿河台出版社)
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