「コラム」〔第8回〕 韓国女性の生き方/ 韓国女性が経験した日本の震災

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第8回 韓国女性が経験した日本の震災

 

5年前を思い出す

今回の熊本地震でお亡くなりになった方々に心から哀悼の意を表します。被災された方々にお見舞い申し上げます。

韓国は地震がない国なのですが、私も日本で大きな地震を体験しました。2011年3月11日の東日本大震災です。

みなさんは、どこで何をしていましたか。私は東京・千代田区にある事務所で仕事をしていました。

軽く揺れ始めた時はめまいかと思いました。ひとりでいて声をかける同僚もいなかったのですが、なぜか本能的に非常口へ向かいました。4階でしたが大通りを見下ろしたら通行人が上を見上げていました。ビルの揺れを気にしていたのでしょう。

これは間違いなく地震だと判断がつき、外に出ようとしたら、上の階からダダダダと降りてくる足音や叫び声が聞こえてきました。何人かが、激しく揺れるビルの壁にしがみついて怯えながら階段を降りていきました。

あまりの恐怖感で泣きたくなりました。やっと大通りに出るとサラリーマンやOLで大通りが一瞬埋まってしまいました。サイレンの音がしました。20メートル先では水道管が破裂したのか、水が噴水みたいにあふれ出ていました。向かいのビルからはガラスが割れて破片が落ちてきました。

 

12キロを歩いて帰宅

消防隊がかけつけてきました。救急車も通り過ぎました。見覚えのある某テレビ局の女子アナウンサーがマイクを握って途方にくれた面持ちで現われました。たまたま近所で取材をしていたのでしょうか。

10階建てのビルが隣のビルとぶつかりそうにゆらゆらと揺れました。見ていると体がブルブル震えてきました。事務所に戻ったのは2時間ほど経ってからでした。

さっそく韓国のネットを開いてみました。早くも「東京、強震」という速報が出ていました。

ふと、実家の家族が心配しているだろうと思い、母の携帯へ掛けました。「今東京で大きな地震が起きたけど、私は無事ですから安心してください」と報告しました。

ところが、地震の速報がまだ母の耳まで届いていないのか、地震がない国に住んでいるせいで縁遠く感じたのか、意外とのんきで、「そう、わかった。あのね、今度里帰りしたときに、ぜひお祓いしようね」と言ってきました。赤ちゃんを授かるために神様にお祈りをしようということです。

「まったく、こっちは緊迫しているのよ。子供どころか今は私の命が危ないよ!」

私はかちんときて電話を切ってしまいました。

「ああ、電話して損した」

余震が続く中、ようやく主人と電話がつながり12キロ離れた家まで一緒に歩いて帰宅しました。

 

余震が本当に恐ろしかった

テレビをつけたら信じられない光景に言葉が出ませんでした。こういう災難がまさか先進国の日本で起きるなんて信じられませんでした。

目を疑いました。日頃優しい自然に不意打ちを食らった気持ちがしました。人間は自然の威力の前にどれだけ無力な存在なのかを改めて感じるようになりました。

翌朝、実情を知った母から心配の電話をもらいました。帰って来いという催促でした。このとき、韓国から日本に来ていた人たちが大挙して帰国したそうですが、地震がない国の人間としては、余震が本当に恐ろしかったのだと思います。

大震災や原発事故では米軍も支援してくれました。私自身も米軍に依存する部分がありました。韓国では駐留米軍がいろいろな社会問題を起こしてきたので、反米のデモも随分と起こりました。

私も米軍の撤退を望んでいたはずなのに、いつのまにか頼りにするなんて、ちょっとジレンマに陥りましたが、そういうことを言っている場合ではなかったのです。

そして、大震災や原発事故において、こんな緊急事態でも日本人は秩序をきちんと守る、というのが韓国人である私の個人的な感想です。

ある学者が述べていたように、「日本は洗練された社会主義の国」という表現がなんとなくわかるような気がしました。

 

文=スヨン

コラム提供:ロコレ
http://syukakusha.com/

2016.05.31

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