1995年、「BIGBANG」のG-DRAGONとともに「リトルROO’RA」として活動した歌手Meilinの近況が伝わった。
21日、YouTubeチャンネル「近況オリンピック」には、「[リトルROO’RAに会う]GDとともにデビュー、90年代ダンス天才の近況…ハクトン(鶴洞)駅のカフェ社長」というタイトルの映像が上がった。
映像に登場したMeilinは、「リトルROO’RA」当時を振り返り「“ポポポ”でダンスがうまいジヨン(=G-DRAGON)オッパと私を、『リトルROO’RA』として作った。「ROO’RA」のコンサートの時に、「リトルROO’RA」がオープニングをつとめた」とし、「『リトルROO’RA』をたくさんかわいがってくれた」と話した。
そうしながら、「今でもジヨンオッパとは仲が良い。つき合いが長いので家族みたい」としながら、「日本語の勉強をして日本デビューの準備をしている時に、ジヨンオッパと渋谷の街で会った。「BIGBANG」の5人がスケジュールで来ていた」と笑った。
15歳でにSom2(ソミ)という名前で新しく活動を始めたが、「急に消えた印象だった」と明らかにしたMeilinは、「音楽番組で6位にランクインして、順位が良かった時に後続曲を出さずに日本に行った。BoAを育てたavexの会長が再びソロを育てようとした」と明かした。
しかし、「所属事務所との間で問題があり、活動ができなくなった」とし、「アルバムを準備している過程でVISAの問題で、少し韓国に帰ったのだが、再び日本に行くことができなかった」と打ち明けた。
Meilinは「むなしかった。韓国の所属事務所で韓国活動を強行したくて、傷のために顔が腫れた状態だった。ファンの皆さんは『管理をせずに出てきたようだ』と言った。多くのストレスで1年近く生理がこなくて、むくみがひどかった」と告白した。
また、「両親と初めて離れて暮らした時だ。どう解決しなければいけないのか、よく分からなかった。心配させるような話はできなかった。両親も「どうして番組にそうやって出るのか」という程度だった。私は心の中でくよくよしていた状態だった。解決したいが19歳、20歳なので産婦人科に行くということだけでも怖かった。そのまま抱えながら活動を続けた」と話した。
それ以降、大学で日本語を専攻したMeilinは舞台設置、演技など多くの分野を経た。現在は、ソウル・鶴洞駅近くでカフェを運営中の彼女は、「良い方に出会って今年結婚することになった」と知らせたりした。
WOW!Korea提供