キム・テリとナム・ジュヒョクが主演した『二十五、二十一』の放送が終了してから1カ月半が経過したが、このドラマの描いた世界がますます好きになっている。余韻が一向に冷めない、という意味で、やっぱり凄い傑作だ(ネタバレを含みます)。
余韻が残るドラマ
名場面を思い出しながら、毎日『二十五、二十一』のOSTを聴いている。
そして、キム・テリとナム・ジュヒョクに関する記事を読んでいる。
さらには、Twitterを通して『二十五、二十一』の感想に心から頷いている。
本当に余韻が冷めない。
それは、なぜなのか。
結末が自分にとって本当にすばらしかったからだ。
仮に、ナ・ヒドとペク・イジンが美しく結ばれる結末であったならば、果たして余韻はどこまで残っただろうか。
たしかに、主人公2人が最後に結ばれるクライマックスであれば、そのときは大いに安堵して、とても嬉しい気持ちに包まれただろう。
「本当に良かった」
そう何度も口にしたかもしれない。
しかし、ドラマの結末はそうではなかった。
愛し合いながら
『二十五、二十一』のクライマックスがハッピーエンドでなかったことで、落胆したファンも多かったかもしれない。
もちろん、気持ちはよくわかる。幸せに結ばれる2人を誰もが見たいに違いない。私もそうだ。
しかし、一方で、傑作にハッピーエンドは少ない、という自分なりの経験もある。
なにしろ、今も恋愛洋画のベスト3と思っているのは、みんな「愛しながら結局は別れざるを得なかった」作品だ。
具体的に言うと、『ひまわり』『ニューシネマパラダイス』『マディソン郡の橋』の3作品だ。結ばれなかった情熱的な愛を抒情的に描いた傑作たちは、今も変わらぬ余韻を残してくれている。
その余韻は、同じように『二十五、二十一』にも引き継がれていくだろう。
結ばれなかった愛は私にとって永遠なのだ。
改めて思う……『二十五、二十一』は最高の結末だった、と。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)