韓国を旅行するときは、バスがとても便利だ。各都市を結んでいる長距離バスが多く、便数も多くて料金が安い。かくしてバスに乗る機会が増えるのだが、そのときにビックリさせられることが多い。
バスの運賃は?
日本で地方のバスに乗ったときは、ごく平穏だ。本数こそ少ないものの、渋滞がないから時刻にわりと正確。すいているから、車内でもゆっくりできるし、車窓からの眺めもいい。
運転手も親切だ。ただ、運賃が高いのが玉にキズ。運転席の斜め上の料金表示盤の数字がめまぐるしく変わり、そのときだけ落ちつかなくなる。乗る人が少ないから、運賃を上げないと路線を維持できないのもわかるが……。
その点、韓国のバスは日本よりはるかに運賃が格安。感覚的に、日本の三分の一くらいか。もっと安いかもしれない。バス会社もこれでよくやっていけるな、と感心するほどなのだ。
そういうわけで、韓国では地方でも運賃を気にしないでバスに乗っていられる。
しかし、気になるのが運転手の存在だ。
どうしてバスの運転手が気になるのか。
それは、自分が好きな歌謡曲を大音量で流す人もいれば、携帯電話で奥さんと延々と話している人もいるからだ。
日本では絶対にお目にかかれない光景。まさに、韓国のバスの運転手は運転中でも個性が丸出しなのである。
そのうえ、スピードを出す。山道を飛ばすバスに乗ったときは、バスの揺れに応じてからだが常に上下左右に大きく振られる。
下車するときは、グッタリである。
かつて、乗っていた路線バスがスピード違反でつかまったことがある。そのときの運転手と警察官のやりとりが面白かった。
年上の運転手は警察官に強い口調で文句を言い続けていて、年下の警察官は過敏に反応しないように気をつけながら、しっかりと違反の手続きを終えていた。こういう場合でも「長幼の序」が生きていたのは韓国らしい。
それでも、運転手の立腹はおさまらなかった。違反を取られて再び動きだしたバスは、さらにスピードを出して田舎道を疾走した。
100キロは出ていただろう。
「もう1回つかまったら、どうするのか」
そう考えるのは乗客だけで、運転手は「本当のスピード違反を見せてやる」という気持ちだったのかもしれない。
乗っているほうは、たまったものじゃないが……。
同じ韓国でも大都市の場合は、バスはおおむね平穏に運行されている。乗客が多い中で運転手もわがままにできない。
しかし、地方に行くと事情は変わる。乗客は個性の強い運転手のバスに「乗せていただく」のである。
そして、運転手が好きな歌謡曲を大音量で聞かされる羽目になる……。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)