トンイと張禧嬪(チャン・ヒビン)のライバル物語5「真相は闇」(再読版)

張禧嬪は仁顕(イニョン)王后を呪詛した疑いをかけられて死罪になりました。不可解なのは淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏です。彼女のことを、ドラマ『トンイ』で描かれたような明るいイメージの女性だと想像すると、ちょっと違います。

果たして動機は?

1694年には淑嬪・崔氏を毒殺しようとした事件から政変が起こっていますし、1701年には彼女が自ら張禧嬪を粛宗(スクチョン)に告発して自害に追い込んでいるのです。「大きな事件の裏に淑嬪・崔氏あり」という様相を呈しています。
実は、張禧嬪が仁顕王后を呪い殺す理由はありません。仁顕王后は1年半も病床に伏していて、子供を産むことは無理なのです。むしろ張禧嬪が警戒したのは淑嬪・崔氏です。淑嬪・崔氏が粛宗の次男を産んでいたからです。
結局、張禧嬪が自分の息子を王にするためには淑嬪・崔氏が要注意でした。それだけに、張禧嬪が淑嬪・崔氏を呪い殺そうとするならわかるのですが、仁顕王后を標的にするのはちょっと筋が通りません。
逆に言うと、淑嬪・崔氏は自分の息子を王にしようと思ったら、張禧嬪の産んだ子供が邪魔になってきます。なにしろ世子なのですから。
淑嬪・崔氏のほうに張禧嬪を排除したくなる明確な理由があります。
確かに呪詛物はあったのでしょうが、誰が埋めたかわからないのです。淑嬪・崔氏が埋めて自ら告発するというのも、ありえない話ではありません。

奇妙なことに、粛宗は張禧嬪を自害させる前の日に新しい法律を発令しました。「今後一切、側室から王妃に昇格させない」というものです。なんのために、こんな法律を作ったのでしょうか。
仁顕王后がすでに亡くなり、張禧嬪の死罪が決まれば、淑嬪・崔氏が空いた王妃の座に上がると思われても不思議はありません。そんな状況で粛宗は側室から王妃になれないようにしました。明らかに、新法の標的は淑嬪・崔氏なのです。
さらに、粛宗が新しい正室として仁元(イヌォン)王后を迎えたとき、淑嬪・崔氏を王宮の外に出してしまい、以後は一度も会った形跡がありません。仁顕王后と張禧嬪を失った粛宗がさらに淑嬪・崔氏を寵愛するかと思いきや、逆にすごく冷たくなったのです。
(2ページに続く)

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2020.01.05