「コラム」連載 康熙奉(カン・ヒボン)のオンジェナ韓流Vol.79「一番わがままだった大妃は?」

大妃(テビ)は、朝鮮王朝では国王の母親のことである。韓国時代劇にはよく大妃が出てきて、高官と一緒に政治の裏で暗躍したりする。そういう意味では、大妃というのは権力を握れる側にいた。その大妃の中でも一番わがままだったのが粛宗(スクチョン)の母親だった明聖(ミョンソン)王后だ。

警戒した相手は張禧嬪

19代王の粛宗は、1674年に13歳で即位した。
母親の明聖王后は大妃となったが、まだ32歳という若さだった。
彼女は王族女性の最長老として、急にわがままになった。女性の立ち入りを禁止されていた政庁にまで出掛けて公式会議で口をはさみ、大臣たちから猛烈な抗議を受けたこともあった。
そんな明聖王后が後に執念を燃やしたのが、息子の粛宗が寵愛する張禧嬪(チャン・ヒビン)を追放することだった。
「あの女は絶対にわざわいをもたらす」

そう言って徹底的に毛嫌いしていた。そのあたりは、時代劇『トンイ』でも前半の主要なストーリーに組み込まれていた。
明聖王后は常に王室の中心を歩いてきて、どんな人間が権力を狙って暗躍するかを骨の髄まで知り尽くしていた。だからこそ、彼女は野心がありすぎる張禧嬪を警戒したのである。
息子の粛宗は若くして王位に就き、高官同士の闘争が激しくなる中でも、王権の強化に一応の成果を見せていた。
ただ、王として薄氷の上を歩いていることに変わりはなかった。それなのに、特定の側室に心を奪われてしまったら、その後の王室がどんなに混乱することか。明聖王后はそのことを危惧したのだ。
ただ、粛宗のことをいたわりすぎる気持ちが、かえって自分の寿命を縮める結果になった。
(2ページに続く)

2019.07.13