「コラム」連載 康熙奉(カン・ヒボン)のオンジェナ韓流Vol.60「新大久保の『韓国広場』」

新大久保に行くたびにかならず寄るのが「韓国広場」だ。職安通りにあって、韓国の食材やお酒がたくさん揃っている。店内を見てまわるだけでとても楽しいが、このスーパーが果たしてきた役割は大きかった。

売れるものより売るべきものを!

新大久保に「韓国広場」を開いたのが金根熙(キム・グンヒ)さん。私も対談をしたことがあるが、この方の話は面白くて内容が深かった。
その金根熙さんが「韓国広場」を始めたのは1994年のことだった。当時、新大久保界隈には韓国の食堂が10軒もなかったという。この数では韓国食材のスーパーは成り立たないのでは?

しかし、金根熙さんはこう語っていた。
「なぜスーパーを出したかったかと言いますと、日本と韓国が仲良くなってほしかったからです。特に、日本と韓国なら生活文化を通して仲良くなれるのではないかと思いました。それで『韓国広場』を始めました。あの当時、韓国の食材を買う人たちは上野に行きました。てすから、勝算などありませんでしたね。しかし、『韓国の食文化を日本へ』という意気込みがありました」
「志としては『売れるものより売るべきものを!』と考えました。売るべきものは何かというと、今のソウルを表現できるもの。たとえば、今日のソウルで夕食に出される料理の食材が売るべきものです。それが当たって黒字になり、わずか1年で韓国の食堂が一気に60軒まで増えました」
それからの新大久保の変化は激しかった。ワールドカップの共催もあり、街も注目を浴びるようになった。その後に韓流ブームが起きて……。  あとは説明するまでもないだろう。

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2019.03.02