「最後列からの声」、チェ・ミンシクとチェ・ヒョンウクの歪んだ執着…「もっと特別な話をくれ」

この不可解な空間に完璧な説得力を与えたのはイ・ガン役のチェ・ヒョンウクの眼差しである。チェ・ミンシクは先輩としてチェ・ヒョンウクに惜しみない賛辞を送り、「劇の核はイ・ガンで、私は受け役だ。イ・ガンが仕掛けた枠組みに私が巻き込まれ、その中で彼のやることに従えばよかった」と語った。大先輩の認めるところで、チェ・ヒョンウクは疑いなくずる賢く魅惑的な「最後列からの声」そのものであり、作品を支配する。

結局、イ・ガンがホ・ムノの人生に入り、眠っていた欲望を目覚めさせた引き金も欠如から生まれた「認められたい欲求」だった。このとき作品全体を貫く最も重要な視覚的キーワードが「観察と覗き見の境界」である。

ホ・ムノはイ・ガンがもたらす秘密めいた話にハマって興奮した子供のように「もっと特別な話を」とせがむ。だが、ふと盗み見の嫌悪感と道徳的罪悪感に襲われると、狂ったように目を見開き、「観察しろ」とイ・ガンに無意味な声を荒げる。

真実と嘘、見せかけと素顔が交錯するこの不快な境界をキム・ギュテ監督は鏡を重ねたような精巧な枠組みで映像化した。

2006年、スペインの劇作家ホアン・マヨルガの同名戯曲を原作にするこの作品が賢い脚色だと評される理由だ。原作は物語の中の物語を通し、人間の欲望が如何に人間を呑み込むかを鋭く指摘し、結末の解釈を観客の想像力に委ねる。

言葉と文章、枠組みが作る虚像に容易に溺れやすい世界。おそらく私たちも自分だけの安全な「最後列」に隠れて座り、目の前の世界を独断で観察し裁いているのではないだろうか。

「最後列からの声」はホ・ムノの姿を通じ、きょうを生きる私たちに冷ややかな「次」を問いかけている。

 

WOW!Korea提供

2026.07.06