本作は、解雇や再就職をめぐる“就活サバイバル”を描いた作品。サスペンスとユーモア、ブラックコメディが絶妙に交錯する意欲作だ。イ・ビョンホンとパク・チャヌク監督が長編映画でタッグを組むのは、映画『JSA/共同警備区域』以来約25年ぶり。さらに、イ・ビョンホンが映画のプロモーションで日本を訪れるのは約9年ぶりとあって、二人がステージに登場すると会場は大きな歓声に包まれた。
満席の観客を前に、パク・チャヌク監督は穏やかな笑みを浮かべながらあいさつした。
「日本は一番近い国ですが、公開は一番遅くなってしまいましたね。去年8月にヴェネツィアで上映が始まって以来、さまざまな国で公開され、ヨーロッパのほとんどの国で公開されましたし、アメリカでも公開されました。そして最後に、ようやく日本にやってきました」
ことしのカンヌ国際映画祭で審査員を務めることが決定し、アジア人としては2人目、韓国人としては初の快挙となった監督。その心境を問われると、次のように語った。
「ほかの審査員の皆さんがどのような方で、どんな構成になるのか、とても気になっています。そして、コンペティションにどのような映画が出品されるのか、それらが私自身にどのようなインスピレーションを与えてくれるのか、そして審査員の方々とどれほど激しい討論を、また楽しく繰り広げることができるような素晴らしい映画がやってくるのか、とても期待していますし、胸をときめかせながら待っています」

続いて登壇したイ・ビョンホンも、久々の日本でのプロモーションに感慨をにじませた。
「みなさん、本当に久しぶりです。私の映画が公開されるたびに、日本ではいつも映画ファンの皆さんと一緒に作品をお見せしてきましたが、映画のためにこのように直接プロモーションで日本に来たのは、考えてみるとおよそ9年ぶりになります。ですので、今この光景がとても感慨深く感じられます。韓国で映画が公開される際には、いつも舞台挨拶を回っているのですが、その姿を見るために日本から韓国に来てくださる方もいらっしゃいます。なので、すでに韓国で映画をご覧になっていたファンの方々が、あちこちで目に入り、より一層うれしく思います」
原作は、アメリカ人作家ドナルド・E・ウェストレイクによる1997年の小説『斧(原題:The Ax)』。映画化のきっかけについて問われた監督は、慎重に言葉を選びながら説明した。
「みなさんがまだ映画をご覧になっていないので、どこまでお話ししていいのか、そういうことを全部除いてお話ししようとすると、とても難しいですね」
「この小説を読んで私が感嘆したのは、失業した人が自分の職を取り戻すために努力するという話はよくあることですが、この主人公が選んだ方法はあまりにも特異だったという点です。今、自分が行きたい職場があって、もしそこにいる人が病気になれば自分が入れるかもしれない、と考えることは誰でも考えると思うんです。けれども、この主人公が考えた計画は違い、たくさん頭を使って考え抜いた末に、奇抜な方法をとるというところにとても惹かれました」
さらに制作の経緯についても明かした。
「実は最初、アメリカ映画として作るつもりでした。それで15年間その努力を続けてきたのですが、なかなか投資がうまく進まず、韓国映画に切り替えることになりました。でも結局、この長い歳月のあいだにアメリカ映画から韓国映画へと変わっていった、この作品のすべての運命は、最終的にはイ・ビョンホンに出会うためのものだったのではないか。そんな思いを抱くようになりました」
映画のプロモーションで来日するのは約9年ぶりとなるイ・ビョンホン。日本の観客へ向けて率直な思いを語った。
「みなさんにとても会いたかったです。これまで、この映画を通して韓国の観客の皆さんにお会いし、イギリスやアメリカ、カナダの観客の皆さんにもお見せしましたが、ついに日本の観客の皆さんにこの映画を見せられることになりました。みなさんがこの映画を観てどのようなことを感じるのか、みなさんのリアクションがとても気になります。私たちが意図していたこと、この映画を通して伝えたいこと、そういったすべての感情をみなさんが受け止めて持ち帰っていただければと思っています」
役作りについて問われると、イ・ビョンホンは本作の独特なトーンについて言及した。
「この映画にはちょっと変わった点があります。この映画はとても面白くて笑えるのですが、ふとした瞬間に寂しさや憂鬱な気分になり、さらに突然また爆笑が起こる、とても不思議な映画です。おそらくパク・チャヌク監督の映画の中で最もユーモアにあふれた映画ではないかと思います。ですが、演技する私にとっては、笑うシーンが多いので、『もっと面白くしなければ』と意識しすぎないように撮影中ずっと強く警戒していました。なぜなら、あまりにも笑わせようとする意図が見えてしまうと、観客はかえって一歩引いて見てしまう状況になり得ると思ったからです。ですので、キャラクターの本来の感情に忠実に、切実に演じることに努めました」
これまでのパク・チャヌク監督作品は、シリアスでスタイリッシュな復讐劇や心理サスペンスが印象的だ。本作ではブラックコメディの要素が際立つが、シリアスとユーモアのバランスについて問われると、監督は持論を展開した。
「割合や比率などの配分を考え始めると、全く異なる2つのものが混ざり合っていることを前提にした表現になってしまいますよね。でも私は、そもそもこれは分離できるものではなく、ひとつのものだ。ひとかたまりのものなんだと考えながら始めました。私たちの人生もそれと似ていると思うんです。単に悲しいだけ、あるいはただ可笑しいだけ、そんな瞬間はないのではないでしょうか。深く見てみればそのふたつは共存しています。だからこの映画も、可笑しいからこそ後で改めて考えてみると悲しくなり、悲しいと思ったらどこか滑稽に感じられる。そうして、ひとつのものとして同時に機能することを望んでいました」
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