『オールド・ボーイ』(04)でカンヌ国際映画祭グランプリ、『別れる決心』(22)で同映画祭監督賞を受賞、常にタブーを打ち破り、緻密さと完璧な美学で観客を魅了してきた巨匠パク・チャヌク監督。新たな地平を切り拓く衝撃作を発表し続けてきた巨匠が放つ最新作は、現代社会に生きる誰もが直面し得る“突然の解雇”という現実を独自の視点で描き出し、人間ドラマ、スリラー、そしてパク・チャヌク作品としては異例の弾けるユーモアが交錯し、映画のあらゆるジャンルが鮮やかに響き合う最高傑作となっている。
1月25日(日)、3月の公開に先がけて最速試写会を実施。映画の上映後には映画ジャーナリストの立田敦子さんと、映画評論家の森直人さんが登壇しトークイベントを実施した。
“パク・チャヌク監督は大好きな現役監督の一人”だという森さんは、「前作の『別れる決心』以来3年ぶりの新作ということで、とても楽しませてもらいました。前作より格段に分かりやすくなって、トロント国際映画祭の国際観客賞を獲得したことも納得です」とこれまでで一番観やすい作品に仕上がっていることに触れる。「物語は、会社をクビになったお父さんが再就職するためにライバルたちに手をかけていく、という簡単に1行でまとめられるような内容なんですが、それが相当狂った極端な展開になっていくのが、この映画の面白いところだと思います」と作品の魅力を解説する。
映画は1997年に出版されたアメリカの作家ドナルド・E・ウェストレイクの小説『斧』を原作として映画化されている。森さんは「小説の舞台はコネチカット州というニューヨーク近くの東海岸に位置する郊外なんですが、この郊外というのがポイントになっているんですね。パク・チャヌクの前に、フランスのコスタ=ガヴラスという社会派の名匠監督が2005年に映画化も果たしているんですが、コスタ=ガヴラス版のほうが原作に忠実です。ジャンルもストレートにフレンチノワールで撮影もロケーションも簡素な作品でしたが、それを今回パク・チャヌクがかなり“パク・チャヌク色”を強くしてブラックコメディにしています」と比較しながら、「コスタ=ガヴラス版が出たとき、パク・チャヌクは、『復讐者に憐れみを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』の〈復讐3部作〉を手掛けていたんです。『復讐者に憐れみを』は韓国の格差社会や臓器売買というモチーフを扱っていてシリアスなノワールだったんですが、興行的にはうまくいかなかったんですよね。監督自身も『反省した』とおっしゃっていたんですが、そこからどう興行で成功させるかも考えるようになって、『オールド・ボーイ』からは過剰な美学を先行させるようになっていったんです。以降ポップでカラフルでコミカルという“パク・チャヌク色”を確立して、この『しあわせな選択』はその集大成であるかのような見事なリメイクになっていると思います」と絶賛した。
昨年のヴェネチア国際映画祭
でも本作の取材を敢行した立田さんは「パク・チャヌク監督は韓国で出版されてからすぐに映画化を企画し始めたということなんですが、もともと原作に沿ってアメリカでの映画化を希望していたそうです。ですが、コスタ=ガヴラスに結果的に先を越された形になってしまい、20年以上経ってようやく今回韓国で、イ・ビョンホンとソン・イェジンという2大スターを起用して実現した作品なんですが、脚本のアダプテーションが素晴らしい。原作では、資本主義社会への批評的な視点に中年の危機を融合させて物語が語られますが、パク・チャヌク監督は家族の物語を深く掘り下げて、実に現代的な物語に仕上げています」と長年に及んだ製作の経緯から脚色について語る。それについて森さんは「本作はポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』と並べると分かりやすいですね。『パラサイト』はまさに格差社会を背景にした縦の階層社会の構図を描いています。対して『しあわせな選択』は、『アメリカン・ビューティー』などが出てきた1990~2000年代ぐらいのアメリカの中産階級社会の構図なんです。素敵なマイホームがあって、子供とペットに囲まれてしあわせに暮らしている郊外に暮らすハッピーファミリー像です。劇中、イ・ビョンホン扮する主人公のマンスは、“今年のパルプマン賞”という立派な賞ももらう優秀な製紙会社社員でしたが、実は学歴は高卒で、通信大学で科学の学位を取ったという説明がありましたので、高学歴社会となった現代では再就職に苦労するんですよね。だから自分より優位な人を消さなければならないという考えに至るわけですが、資本主義、あるいは自由競争社会の本質をついていると思います。そしてパク・チャヌク監督が映画化に奮闘していた20年の間に時代はペーパーレスへと移り変わり、さらにAIも登場しマンパワーが削減されるという設定にもかなり現実味があります。本作のエンディングは完全に映画のオリジナルとなりますが、時代に見合った終わり方となっています」と脚色を賞賛。さらに「時代には逆らえません、という点で僕はチャップリンの『モダン・タイムス』を連想しました。かつての工場のオートメーション化の21世紀版といいましょうか、そしてコメディに寄せている点もチャップリンのようで、この辺のアレンジには唸りました」と過去の名作との類似点を分析する。
(2ページに続く)








