莞島(ワンド)の漁港の前の大通りを渡ると、そこは市場になっていた。細い道の両脇に、食料品の店が重なるように軒を並べている。魚と肉が入り交じった臭いにあおられて奥まで進むと、市場が尽きたところにごく小さな書店があった。
親切な店主
看板には「国際書林」と出ている。韓国では、名は体を表さない。あきれるほど大げさなネーミングが横行している。この書店もその一つか。小さな書店のどこが「国際」の名にふさわしいのかを確かめるために入ってみた。
店の奥で60代の女性が新聞を読んでいた。客は誰もいない。私は書棚を次々と見て回ったが、彼女は私になんの関心を示さず、熱心に新聞を読み続けていた。
それで済むなら、書店ほどありがたい商売はない。客は勝手に自分で本を選びだして買っていく。あるいは、冷やかしただけで風のように去っていく。その間に、店の人は新聞や本を読んでいればいい。
万引きを警戒しないで大丈夫?
かえってこちらが心配になるほどで、放っておかれると、何も買わないのが申し訳なく思えてきた。折よく、莞島を含む全羅南道の地図があったので、それを女性のところに持参した。
彼女はちょうど、新聞の国際面を読んでいるところだった。眼鏡の奥の目は真剣そのもの。「国際書林」という店名を掲げているだけに、国際情勢に関心が深いのかもしれない。急にこの女性に興味がわいてきて、代金を払いながら尋ねてみた。
「このあたりで美味しいものが食べられる食堂はありませんか」
反応がすこぶる早かった。彼女はすぐに私の目を見据え、「何が食べたいの」と聞いてきた。
「海が近いから、魚かな」
「魚にもいろいろあるから、もっとはっきり言って」
私の曖昧さと彼女の明確さが好対照だった。「もっとはっきり」と言われても、具体的に何も頭に浮かばず、私は相変わらず曖昧なままだった。
しびれを切らして、彼女のほうから具体的な名前が出た。
「ウナギの鍋はどう? 美味しい店があるわよ」
「それで行きましょう」
私は二つ返事だった。別に、ウナギでなくても、鯛でも平目でもタコでも「それで行きましょう」と答えていただろう。嗚呼、決断力の弱さを嘆きたくなる。
「ヘグン食堂という店のウナギ鍋が美味しいわよ。でも、1人みたいね。1人でも大丈夫だったかなあ」
そう言いながら、女性はわざわざ番号案内でヘグン食堂の電話番号を聞きだし、直接電話してくれた。まさに至れり尽くせり。客を無視して新聞の国際面を読んでいたとは、思えないほどの親切ぶりだった。
さらに、どこかに電話をかけて「お客さんをヘグン食堂まで送ってあげて」と命じていた。
<安い地図を一つ買っただけなのに……>
私はすっかり恐縮してしまった。
文・写真=康 熙奉(カン・ヒボン)
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