『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』の舞台になっている後渓(フゲ)の町。ここで、哀しみに耐えながら生きているのがジョンヒ(オ・ナラ)だ。彼女はなぜ後渓を去らなかったのか。一縷(いちる)の望みがあったからだ。
幸せな記憶
10代の頃のジョンヒには愛する人がいた。
彼は町で一番の秀才だった。
ハンサムだし、人間性も申し分なかった。
ジョンヒは「この世の春」を謳歌したことだろう。
しかし、春は途中で冬になった。
愛する人が出家してしまったのだ。
絶望の日々が続く。
普通なら、哀しみのどん底で町を去っているはずだ。
そうでなければ生きていけない。
しかし、ジョンヒは残った。あまりに思い出がありすぎる後渓に別れを告げることができなかった。
その代償として、「幸せな記憶」にずっと苦しめられている。
酒場を開いて友人たちと顔を合わせる。安らぎはあるが、哀しみは消えない。むしろ、年と共に切なさがひどくなり、朝起きると頬は涙で濡れている。
あまりに辛いときは、酒場を休んで東南アジアに出かける。エネルギッシュな街で気を紛らわすのだ。そして、再び後渓に帰ってくる。
「もし、あの人が、俗世間に戻ってきてくれたら……」
そのときに真っ先に会いに来てくれるのが「私がいる場所」であってほしい。
それだけを望みながら、今日もジョンヒは酒場で親しい酔客たちの相手をしている。
文=康 熙奉(カン・ヒボン)
人生を救ってくれた『マイ・ディア・ミスター』/第1回「主人公の2人」
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コラム提供:ロコレ