「Click-B」出身のノ・ミニョク、事業家に変身しペット分野で成功の近況明かす…アイドル時代の壮絶な苦悩も告白


1999年にデビューした「Click-B」出身のノ・ミニョクが近況を伝えた。

20日にYouTubeチャンネル「近況オリンピック」には、「ノ・ミニョクに会う。『Click-B』脱退20年後の近況。愛犬事業で大ヒット」だというタイトルの動画が掲載された。

動画でノ・ミニョクは「ペットヘルスケア会社を運営している。またペット栄養剤を発売した。ペット幼稚園も経営している。ファンの皆さんもしばしばいらっしゃる。『あのメンバーはこうやって過ごしているよ、オッパ(年上男性を指す言葉)』と言いながらメンバーたちの近況をファンたちが伝えてくれる」と述べた。

ギタリストとしての生活はほとんどないというノ・ミニョクは「サラリーマンバンドのように『Click-B』が活動する」と述べ、笑いを誘った。

同時期に活動していた「SHINHWA」を抑えるためにデビューしたグループだったという「Click-B」だとし、「(SHINHWAが所属していた)SM(エンタテインメント)とデソン(DSP)があった。SMから『H.O.T』の兄さんたちがデビューすれば、DSPは『SECHSKIES』を打ち出してきた。ライバルより人数を一人増やしたグループ構成にする“プラスワン”作戦を使った。『S.E.S』と『Fin.K.L.』、『SHINHWA』と『Click-B』もそうだった。“プラスワン”だけで言えば、『SHINHWA』を抑えるためにデビューしたように見えるが、『H.O.T』を追い抜かそうとした」と述べた。

さらに「実は客観的に練習しているのをみると、『H.O.T』を抑えることができなかった。ルックスはメンバーたちがずば抜けていたが、ダンススキルも不足していた。練習生の時、『わー、こういうのがソウルの人なんだな』と感じた。周りの子たちがとても洗練されていた。イケメンで言葉遣いも柔らかかった。僕はプサン(釜山)でギターの神童だった」と述べた。

それとともに「『百戦無敗(Undefeatable)』は唯一のヒット曲。楽器を担当したメンバーたちがその前まで人気がなかったため、人気がかなり上がるようになった。父が僕に対する欲が非常に強かった。早く成功をすればよかったが、僕が歌をやらないことに対する不満をもっていらっしゃった。メインボーカルを条件に契約したが、僕は父のそんな行動や要求がとても嫌だった。ひどくストレスを受けた」と明かした。

またノ・ミニョクは「事務所と父の関係も良くなかった。1stアルバムと活動時からすでに『すぐに帰ってこい』とおっしゃった。ギターを弾くマネをするか、帰ってそうするかと聞かれて、『一番いい時に帰ってくる』と言った。僕もとてもストレスを受けた」と語った。

(2ページに続く)

2021.09.21

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