韓国の地方を鉄道で旅しているときの話である。乗った特急列車は全席指定だった。指定席券を買って乗り込むと車内はガラガラ。指定された号車にはたった1人しか座っていなかった。
そこは私の席!
たった1人の乗客。それはかなり高齢の女性だったが、私が車内に入ったときに、なぜかキョロキョロしていた。落ちつかない様子だ。
「もしや指定席券を持っていないのでは」
そう直感した。
車掌が検札に来るのを恐れているような素振りだった。
私は先客の女性の視線を感じながら、指定席券に書いてある自分の座席を探した。ようやく見つけたら、そこは女性が座っている席だった。
車内にはたった1人しか乗客がいないというのに……。
どうしたらいいのか。
躊躇はしたが、やはり決まりなので、私は声をかけた。
「すみません。そこは私の席なんですけど」
そう言った瞬間の、女性の豹変ぶりがすごかった。
ついさっきまでビクビクしていたのに、「席を移って」と促された途端に大きな声を出した。
「見てみなさい。ガラガラじゃないの。あんたも好きな席に座ればいいでしょ」
強い口調で私はおこられた。その剣幕に従うしかなく、私は自分の席を断念して、他の空いている席に移った。
冷静になれば、先客の言うとおりかもしれない。
車内はガラガラなのである。しかも、相手は相当に年配の女性。わざわざ移ってもらわなくても、私が気を利かせればよかった。たとえ、女性が指定席券を持っていなかったとしても。
杓子定規だったようだ。
日本的には「決まりは決まり」なのだが、ここは韓国だった。なにごとにおいても、現実にそくして融通を利かせる国なのである。
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