【時代劇が面白い】トンイと張禧嬪のライバル物語3「大事件の結末」

大きな政変が勃発
翌年の1694年3月に大事件が起きます。西人派の官僚たちが告発書を朝廷に提出したのです。そこに何が書かれているかというと、張禧嬪の兄である張希載(チャン・ヒジェ)が淑嬪・崔氏を毒殺しようとしたということです。
王宮内は大騒ぎになります。やがて粛宗は「張希載を処罰せよ」と命令を出します。その際、西人派は「張希載を処刑せよ」という強硬な意見と「流罪にするだけでいい」という穏健な意見に分かれました。
つまり、西人派の中でも賛否両論があったのです。このとき、「張希載を処刑せよ」と強硬に言った人たちが後に老論(ノロン)派となります。その一方で、「処刑までは必要ない」と主張した一派が少論(ソロン)派となりました。

結局、張希載は済州島(チェジュド)に流罪になりました。この機に乗じて、粛宗は仁顕王后を王妃に戻すという決定をしました。それと同時に、王妃の座から張禧嬪を降格させるということを発表します。


これは、大きな政変を引き起します。
最終的に西人派が勝って南人派が負けたのです。
(ページ3に続く)

 

トンイと張禧嬪のライバル物語1「最初のエピソード」

トンイと張禧嬪のライバル物語2「宿敵誕生」

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2020.06.25