【時代劇が面白い】李芳遠(イ・バンウォン)は太宗(テジョン)になって何をしたのか?

 

王朝最大の実力者
芳遠は作戦参謀として太祖の対抗勢力を容赦なく粛清したし、高麗王朝の王を廃位に追い込むための裏工作でも成果をあげている。
彼ほど父のために尽力した息子はいなかった。
当然ながら、「父の次は自分」と芳遠は考えていたのに、こともあろうに異母弟で10歳の芳碩が後継ぎに指名されてしまった。

芳遠が黙っているはずがない。神徳王后が1396年に亡くなると、政権奪還の動きを露骨に見せるようになった。
彼はまず、芳碩の後ろ楯となっていた鄭道伝(チョン・ドジョン/太祖が最も信頼を寄せた側近)を1398年に殺した。
李芳遠は鄭道伝に次いで、芳蕃、芳碩を襲って殺害している。

このとき、太祖は病床にあったが、信じられない出来事を嘆き悲しみ、ついには王位を投げ出してしまった。
こうして芳遠は王朝最大の実力者となった。
(ページ3に続く)

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2020.06.03

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