全斗煥(チョン・ドゥファン)と金泳三(キム・ヨンサム)の会談が実現したのは1987年6月24日だった。この席で金泳三が4月の大統領特別談話を取り消すことを求めたのに対し、全斗煥も「改憲論議を再開することが望ましい」と応えて、事実上特別談話を撤回した。
国民の間に広がった失望感
結局、両者の会談は決して実りのあるものにはならなかった。金泳三が要求したのは以下の点である。
1.4月13日の大統領特別談話の取り消し
2.野党が要求する大統領直接選挙制と与党が主張する議員内閣制のどちらを選択するかを国民投票にかける。
3.約3000人にのぼる政治犯の釈放
4.金大中(キム・デジュン)氏の赦免と復権
5.今回のデモによって逮捕された人々の即時釈放
この要求に対して、全斗煥は特別談話の取り消しだけに応じ、その他に対しては即答を避けた。会談後に民主党側が「決裂」と発表するほど、両者の間にはまだ溝があった。金大中も軟禁状態を解かれたものの政治活動の禁止を通告され、赦免と復権にはほど遠い待遇を受けた。
全斗煥と金泳三の会談が不調に終わったことによって、国民の間には失望感が広がった。政府側も精一杯の譲歩が実らず苦境に立たされたといっていい。(2ページに続く)