「コラム」第2回/『華政(ファジョン)』に登場!光海君(クァンヘグン)の実像

王宮の復興に尽力

光海君が1608年に即位したときは、豊臣軍による朝鮮出兵からわずか10年で、国土がまだ荒廃しており、王宮のほとんどが焼失していました。戦乱の後遺症があまりに大きかったのです。
王宮がないと朝廷として行政ができませんので、光海君は王宮の復興に力を入れます。また、朝鮮通信使を派遣しながら徳川幕府との関係を強化して、東の隣国に対する憂いをなくしました。
さらに光海君が力を入れたのが、北方の異民族国家である後金との外交関係でした。
後金は、今でいう中国の東北部、かつての旧満州から興った国です。17世紀の初めは明が中国大陸を支配していましたが、かなり斜陽になっており、日の出の勢いの後金と激しく争うようになります。

(第3回に続く)

文=康 熙奉(カン ヒボン)
出典=電子書籍版『康熙奉講演録/朝鮮王朝で一番知りたい話』

コラム提供:ロコレ

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2017.01.14