韓国南西部の莞島(ワンド)から小さいフェリーに乗って45分で青山島(チョンサンド)に着いた。面積は伊豆大島の半分くらい。ここは、ドラマ『春のワルツ』の舞台になって、韓国でもその名が知られるようになった。
青葉繁れる山
青山島の港に立ったとき、真っ先に目に入ったのは、入り江に停泊する漁船の先に見えていた小山だった。正三角形のように秀麗な斜面を持った山で、一枚の絵に見立てた場合、「前に漁船の群れ、後ろに三角の山」という構図は、とってつけたような夕陽なんぞを加えなくても、人を手招きしてくれる郷愁があった。
なんともいえない居心地の良さを感じていたのだが、「青山島」と漢字で書かれた高さ5メールトの石碑が、港の中央に立っているのを見たときは首をかしげた。入り組んだ海岸線を再現したような意味不明の輪郭と、コンクリートに巨大なゴマをまぶしたような色合い……港を見守る三角形の小山と比べれば、石碑は人工的な墓石のようで、かえって旅行気分を興ざめさせるようなところがあった。
再び小山を見る。青葉繁れる山である。恰好の目標なので、まずはその山に向かって歩きだした。
<頂上まで登って港を見下ろしたら、さぞかし眺めがいいだろう>
天下人になったような思いがよぎった。
何軒もの食堂を過ぎ、旅館を過ぎ、何かの営業所らしき建物をいくつか過ぎると、島の周回道路に出た。その道を横切って進むと警察署があった。小さな島のことだから、派出所を一回り大きくした程度の建物である。もちろん、警察署に用事はないから、右に曲がって坂道を上り始めた。
花札に興じる男たち
大きな歓声が聞こえる。道端に5人の男たちが座り込んでいた。といっても、みんなで島の将来を熱く語り合っているわけではなくて、花札に興じているのである。嫌いじゃないので、そばで見物することにした。
みんな40代から50代。一家を支える働き手ばかりだが、その熱中ぶりを見ていると、今は家族の顔を思い出したくないという感じ。男たちの目の前には、お決まりのように、賭け金がむきだしになっている。
<警察署のすぐそばで大胆きわまりない>
そう思えるが、警察もこんなことをいちいち取り締まっていたら、地元の人たちと要らぬ軋轢を生んでしまうだろう。というより、ここで嬌声をあげている男たちの中に、非番の警察官がいるかもしれない。
シャツを脱ぎ顔を真っ赤にして熱くなっている短髪の50代が、意外と署長だったりして……。人は見かけによらぬほうが面白い。
白熱する勝負をしばらく見ていたが、「これを見るために青山島に来たわけじゃない」と思いなおし、短髪の50代がますます顔を真っ赤にするのを尻目に、再び歩きだした。坂を上っていくと、道が周回道路に合流した。残念ながら、小山の頂上に向かう道はなさそうなので、一旦港に戻ることにした。
すると、空車のタクシーが通りかかった。なんというタイミングの良さ。離島どころかソウルにいるかのような便利さだ。
『春のワルツ』の島
運転手さんは30代の男性で、優しい目をしていた。口調もていねいで、低い声で「どちらまで行かれますか」と聞いてきた。私は相性の良さを感じ、「景色のいいところを走ってください」と言った。青山島の甘いも酸っぱいもすべて彼に託したい、という気持ちになった。
「『春のワルツ』というドラマを知っていますか」
「ええ」
「それなら、撮影に使われた場所をグルリと回ってみましょうか」
「ぜひお願いします」
運転手さんは車を走らせると、「キム・ジェファンです」と名乗った。生粋の地元生まれだという。
私が「この島には何人くらい住んでいるの?」と聞くと、待ってましたとばかりに、青山島についての説明が始まった。
「島の面積は33平方キロメートルで、車で回っても1時間くらいです。小さい島なのに土地に起伏があって、300メートル級の山がいくつもあります。住民は3000人ほど。やっぱり過疎化で減っていますけど、私は離れる気はありませんね。ここにはタクシーが5台しかありませんけれど、最近は観光客も増えていて、結構忙しいんですよ」
ジェファンさんはそんな説明をしながら、運転席の横に取り付けた小さなモニターで『春のワルツ』の各場面を再現し、実際にそのシーンが撮影された場所に次々と案内してくれた。
女子高校生が勉強中
意外だったのは、美しい貝殻細工を見に行ったときのことだ。
「いろんな貝殻細工があって、ちょっとした博物館みたいなんですよ。ぜひ行ってみましょう」
彼は「博物館みたい」と言ったが、実際は小さな民家だった。その家の前で、40代の女性と年配の男女が立ち話をしながら大きな笑い声を立てていた。そして、ジェファンさんが「いつものように、ちょっと見せてください」と言うと、40代の女性が「どうぞ、どうぞ」と快く応じてくれた。
私はてっきり、一般公開している展示室のような建物があるのかと思っていたのだが、通されたのは、ごく普通に生活している居間だった。壁の二つの面にびっしりと透明な飾り棚が天井の高さまで置かれ、その中に様々な貝殻細工が陳列されている。
けれど、落ちついて見ていられなかった。その部屋の隅で女子高校生が机に向かって勉強していたからだ。
確かに、貝殻細工はどれも目を奪われるほどの出来ばえで、玄関で立ち話をしていた40代の女性の美意識が十分に感じられた。『春のワルツ』でも、貝殻細工は主人公の男女が幼い頃を思い出す重要な小道具になっている。私もせっかくの機会なので貝殻細工を一つずつじっくり見たかったのだが、女子高校生の勉強を邪魔しているという意識が先立ってしまう。
1960年代の風情
別に女子高校生が嫌な顔をしたわけではなく、気持ちよく挨拶もしてくれていた。しかも、ジェファンさんはしょっちゅう客をここに連れてくる様子だった。
それにしても……。
見学料を取るわけでもなく、貝殻細工を販売しているわけでもない。自分で作った数多くの貝殻細工を棚に飾ってあるだけだ。それを、ブラリとやってきた旅行者に気さくに見せてくれるという、この家の度量に感心した。
嫌な顔一つせずに招き入れてくれた貝殻細工の作者、彼女と立ち話をしていた人たち、勉強していた女子高校生。誰もがおおらかな雰囲気を持っていた。
そのおおらかさは、何によってもたらされているのか。美しい海岸線、青々とした麦畑、大樹が生い茂る山、人々が寄り添いながら暮らしている集落……。青山島では見るものすべてがどこか懐かしい。
「ここに来る人がよく言うんですよ。1960年代の風情をこれほど残している場所も珍しい、と。この島は、私が小さい頃とほとんど変わっていないんですよ。それが訪ねてくる人にやすらぎを与えるようですね」
ジェファンさんの言葉が心に温かく響いた。
(第5回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ
http://syukakusha.com/
出典=「韓国のそこに行きたい」(著者/康熙奉 発行/TOKIMEKIパブリッシング)