「コラム」第1回 夏こそ行きたい!韓国南部の旅

DSCF1141海に水が直接落ちる正房瀑布

 

第1回/済州島でアワビを食べる

行き場を失った水が、豪快に海に落ちていく。その光景を間近に見ていて思うのは、重力の恐ろしさである。落葉の名残惜しさもなく、粉雪の幻想性もなく、水は23メートルの高さから海に向かって真っ逆さまに落ちる。付いた名が正房瀑布(チョンバンポッポ)。「正しい房」という言葉には、まっすぐ落下する雄々しさが込められている。

 

韓国最南端の都市「西帰浦」

私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)は、正房瀑布の下に立ってみた。

滝壺から10メートルほど離れていても、どんどん水しぶきが飛んでくる。頭が濡れる。シャツが濡れる。だが、離れる気はサラサラない。滝の水しぶきをこんなに浴びるなんて、まさに初めての体験。シャツは濡れても気分は開けっ広げになるばかりだ。カメラが濡れては困るので、ポケットの中にしまいこみ、さらに滝に近づいていく。水遊びが大好きだった子供の頃が鮮明に甦ってくる。

ここは、済州島(チェジュド)の西帰浦(ソギポ)市。韓国最南端の都市である。

一極集中が凄まじく進むソウルからあまりに遠く離れているからなのか、ここが同じ韓国とは思えないほどに時間がゆったり流れている。

髪がかなり濡れてしまったので、そろそろ滝から離れなくてはならなくなった。おあつらえむきに、海岸の岩場に露店が出ていて、海女さんが採ってきたばかりの海の幸を並べ、観光客が寄ってくるのを待っている。

黒い潜水服に身を包んだ3人の海女さんは全員が60代以上だが、海と共に生活してきた風格が漂う。カメラを持った身からすると、ぜひ撮りたくなる人たちだった。

早速、カメラを向けると、真ん中にいた長老格の海女さんが、手を激しく振って何か叫んでいる。すごい形相だ。

「お願い、可愛く撮ってね。うまく撮れてるようだったら、アワビの刺身をサービスするから」

なんて言っているわけがない。

明らかに怒っている。相手があまりに早口な上にすごい済州島訛りが加わって、うまく聞き取れない。

 

AumfyiYaOAZv9D91470041120_1470041166採ったばかりの海産物を売る海女さんたち

 

お勧めのアワビの値段

海女さんの横で飲んでいた中年男性が「刺身を食べて、それから撮るのが順番だろう」と助け船を出してくれた。客にならなければカメラを向けるな、ということか。

海女さんの前に置かれたたらいをのぞくと、一転して長老は愛想がよくなった。このあたりの変わり身は、韓国でひんぱんに目にすることである。状況が変わると人間の愛想はこんなにも変わるんだ、ということを韓国人はよく見せてくれる。

「やっぱり、ここに来ればアワビを食べなきゃ。これなんか、今そこで採ってきたばかりのものだよ」

長老はさかんに大型のアワビを勧めてきた。今度の言葉はよく聞き取れる。相手から色好い返事を引き出そうと必死の長老は、まるで公営放送局のアナウンサーのように言語明瞭となった。

大きな声では言えないが、私は気も弱いし、疑い深い。まず、「今そこで採ってきた最高のもの」というのが怪しい。そんな新鮮な上物は真っ先に西帰浦の高級店に持ち込むのではないか。滝を見に来た観光客にパッと出すだろうか。そう思うと、どうしても相手の言葉を額面通り受け取れない。

一応、お勧めのアワビの値段を聞いてみた。5万ウォン(約5千円)だそうだ。予想をはるかに超えていた。

上目遣いに長老の顔を見た。笑っている。目以外は……。

どうする? 買うか、買わないか。

何よりも、買わなかったときの、長老の再度の豹変ぶりが怖かった。

耳元には、滝の水しぶきの音がたえず聞こえてくる。それが、いかにも催促の声のように聞こえてきた。

LOeH8l4J4RJRqO51470041202_1470041238焼酎を飲みながらアワビの刺身を食べる

 

焼酎を飲みながら

ようやく覚悟を決めた。生唾を呑み込みながら、細い声で言った。

「あの……、2万ウォン(約2千円)のアワビを……」

その瞬間、長老の顔が一気ににやけた。

本当に、目も笑ったのだ。

小さい奴だとあきれたのか、と思ったが、そうでもないらしい。

長老はたらいの中を見渡して、ヒョイと一つのアワビを取り出し、まないたの上で手際よくさばくと、白い皿に盛って私に手渡してくれた。その動作には私に対する好意すら漂っていた。

堅実な奴だと評価してくれたのかもしれない。「観光地では口八丁手八丁でいろいろなものを売りつける商売人がいるけど、そんな者に惑わされないで堅実に飲み食いをしろ」と私に無言で語りかけてくれたのかもしれない。

私は焼酎も頼み、2万3000ウォン(約2300円)を払った。

海女さん3人をしっかり正面に見据える岩場に腰を下ろして、焼酎を飲みながらアワビの刺身を食べた。

固くてコリコリしていて容易に噛み切れないが、口の中に潮の香りが満ちて、舌に独特なヒンヤリ感が漂う。うまく噛み切ると、コロッと身が裂けていき、あっさりした味わいが舌に残る。

この食感の良さがアワビ人気の秘訣か。

 

DSCF1151 (1)大勢の観光客で賑わう正房瀑布

 

「ありがたい」という気持ち

アワビの刺身には肝も付いていた。食べてみると、苦みがなく、甘味すら感じられた。このあたりはサザエの肝とは違った。

ツマミが旨いから焼酎もよく進む。「ありがたい」という言葉が自然と口から出た。誰に感謝するわけでもない。

とにかく、「ありがとう」なのだ。

私の他にも、多くの観光客が海女さんのそばに集まり始めた。みんながいろいろ注文していたが、アワビを食べている人はおらず、タコ、サザエ、ホヤなどが入った盛り合わせが多かった。韓国の人はホヤが好きで、新鮮なものは本当に美味しい。

さらに、6人の中年男女のグループが来た。2万ウォンの盛り合わせを注文しようとしたら、海女さんの「人数が多いのだから、最低でも3万ウォンのものにしないと、満足できないよ」という声に押され、中心格の男性が言われる通りにしていた。

けれど、グループの中の女性は渋い顔をしていた。予算オーバーが気に入らないらしい。男性はどうしても見栄を張るが、女性は現実的だ。その点を海女さんもよくわきまえていて、男性の観光客だけに声をかけていた。

そんな様子を傍目(はため)で楽しみながら、正房瀑布を見ながら焼酎を飲み、アワビを食べる。たまらなく幸せを感じた。

(第2回に続く)

 

文=康 熙奉(カン ヒボン)

出典=「韓国のそこに行きたい」(著者/康熙奉 発行/TOKIMEKIパブリッシング)

コラム提供:ロコレ
http://syukakusha.com/

2016.08.01