「コラム」東方神起ユンホはなぜ「大韓民国の息子」と呼ばれたのか

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メディアの大見出しを比べてみる

新聞の見出しは、記事を端的に表す象徴的な役割を持っている。

特に、5月11日の韓国メディアのネット版では、ユンホが陸軍の特級戦士に選ばれたという報道があふれたが、その見出しを見ていて「いかに大きなニュースとして扱われているか」がすぐにわかった。

いくつか列挙してみよう。

「アイドルスターの鑑」(『ヘラルドPOP』)

「ユノユンホ、軍の特級戦士に選抜、ネットユーザーは“どこまでも誠実”から“歴代最高のアイドルみたい”」(『世界日報』)

「こんな軍人は初めて、あまりに頼もしい」(『韓国経済TV』)

「ユノユンホ、軍の特級戦士選抜、射撃・精神力・戦闘技量で90点以上を達成」(『スポーツ朝鮮』)

「すべての課目で90点以上達成、歴代最高のアイドル」(『ソウル経済』)

「ユノユンホ、軍の特級戦士に選抜、“大韓民国の息子”凛々しい姿が話題」(『ソウル新聞』)

とりわけ“大韓民国の息子”という見出しに心が動かされた。

それを付けた『ソウル新聞』は韓国でも有名なメディアで、私(康熙奉〔カン・ヒボン〕)も何度か本社に行って記者と懇談したことがある。「紙面は堅実」という印象があり、その『ソウル新聞』がユンホのことを“大韓民国の息子”と称したのには感慨深いものがあった。

 

「息子」に込められたニュアンス

韓国で息子のことは「아들(アドゥル)」と言うが、この言葉には「頼もしい」というニュアンスが付きまとう気がする。そう思うには理由がある。息子は一族を継承していく重要な存在だからである。

韓国社会を長く見ていると、息子と娘の育て方に明らかな違いがあると感じる。どう違うのか。

韓国ではどの家庭でも先祖を供養する祭祀があまりに多いが、それを仕切るのは男性だけである。女性はお供え物のご馳走を作るが、祭祀の儀式には関わらない。というより、関われない。それが、朝鮮王朝時代(1392~1910年)から続くしきたりなのである。

つまり、息子は祭祀の仕切りを受け継ぐ正式な後継者となる。それだけ、どの家庭でも大切に育てられる。特に、母親が息子を溺愛する傾向が強い。「息子を舐(な)めるように可愛がる」という言葉が生きているほどだ。そういう点では、「やがて他家に嫁ぐのだから」という意識が働く娘の場合と育て方が異なる。

今は韓国社会も変わってきているし、日本以上の少子化で「息子だから、娘だから」という分け方は顕著ではなくなっているが、それでも息子には「頼もしい後継者」という意味づけが残っている。

そういう観点からいうと、「大韓民国の息子」というニュアンスには、「これから国を引き継いでくれる頼もしい存在」という意味が込められているように思える。

 

面倒見がいい先輩

ユンホは1986年の生まれだが、韓国では1980年代の中盤から後半に生まれた人たちは「N世代」と称されている。これは「ネットワーク世代」の略語である。

この世代は、ネット社会の発展と共に成長してきた。それだけに、インターネットは絶対に欠かすことができないツールだ。むしろ、それを生かすことで情報発信力を高め、知的好奇心を強化している。

そういう意味では、韓国社会に新風を吹き込む存在であるのだが、その一方で社会の厳しい現実に直面している。

象徴的なのが「三放(サムポ)世代」と呼ばれていることだ。韓国では20代から30代前半の失業率が際立って高いのだが、そうした就職難によって就職・結婚・出産を早々とあきらめなければならないと言われている。つまり、大事な三つを放棄せざるをえないということで「三放世代」という言葉が生まれた。

このように、ユンホたちの世代は「N世代」と「三放世代」という2つの要素を持っているのだが、ユンホの特級戦士選抜というニュースが象徴するように、「努力して目標を達成する姿」というのは、若者に対する称賛の模範例になっている。

しかも、ユンホは後輩に対して面倒見がいいことでも有名だ。

この春にデビューした「NCT U」のジェヒョンは、ユンホについて次のように語っている。

「練習生のときから、ユンホ先輩は、アドバイスをたくさんしてくださいました。本当に細かい点についてはもちろん、ダンスも見てくださって……。その他にも、自分たちのステージでの姿についても、多くの助言をいただきました」

なんとも頼もしい先輩である。

 

芸能界の模範的な存在

韓国では、芸能界のスターに対して厳格な倫理観を求める傾向が強い。その反対に、スキャンダルや傲慢な態度は人気凋落に直結する。さらに、もう1つ、人気を落とす理由がある。それは、国を愛する気持ちがない、と見られてしまうことだ。

いくつかの例を挙げよう。

今から15年ほど前に韓国で熱狂的に支持されていた歌手のユ・スンジュンは、2002年にアメリカの市民権を得て韓国の国籍を放棄したことが明らかになった。

「兵役を避けるために国籍を捨てた」

そういう非難が起きると、世論の動向を無視できない法務省は、ユ・スンジュンに対して入国禁止の措置を取った。

これによって、ユ・スンジョンは芸能界での立場を失った。彼は「裏切り者」というレッテルを貼られて大衆の前から姿を消さざるをえなかった。

2PMの結成当時のメンバーだったチェボムも、国を愛する気持ちを疑われた1人である。

彼はデビューする前に、ネットにたまたま韓国を卑下するような文章を書いた。それが発覚すると、チェボムに対して非難が集中した。彼は2PMのリーダーだったにもかかわらず、グループを離脱せざるをえなくなった。

つい最近も、日本では考えられないような出来事が起きている。

ガールズグループの「AOA」のメンバーが、テレビのバラエティ番組で「安重根(アン・ジュングン)」の写真を見ても誰だかわからなかった。すぐに非難され、メンバーが涙ながらに謝罪する騒動になっている。

安重根は韓国で「抗日運動の英雄」と称される義士ではあるが、若い女性がその人物像を知らなくても、本来なら非難される筋合いはない。それなのに、韓国ではそういうわけにはいかない。「子供たちの模範になるべき芸能人が大衆を失望させてはいけない」という論理が強く働いてしまうのだ。

こうした例の対極が、「芸能人が立派に兵役の義務を全うする」ことなのである。新聞がユンホのことを「大韓民国の息子」と褒めたたえる背景には、模範になる芸能人を報道できる矜持が込められている。記者にとっての喜びは、批判的な記事を多く書くことではなく、称賛に値する出来事を誇らしげに報道することなのだから……。

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努力して目標を達成する

記事を書くときに、ネットに寄せられた意見をどう扱ったらいいか悩むことが多い。取り上げる意見によって恣意的な文章になる危険性があるのだ。

しかし、ユンホの特級戦士選抜の件に関しては、悩みは少なかった。好意的な意見が多数を占めていたからだ。

「カッコいいね。気楽に過ごすこともできたのに、そうした道を選ばないで、熱心に頑張ることを選んだ。努力して特級戦士になったという事実は称賛を受けるに値する」

「やはりユノユンホ。君はとてもカッコいい。男が見ても惚れてしまう」

「いつも最善を尽くし、私たちの期待をはるかに越える。信頼できる姿を見せるユノユンホがとても誇らしいです」

もちろん、「軍楽隊にいて、何が特級戦士だ」という批判的な意見もある。それらの意見に目を通したうえで言えるのは、「心ないファンがアンチの意見を寄せますが、ユンホを応援する方のほうがはるかに多いです。最善を尽くす姿は美しいですね」という意見が代表しているように、努力して目標を達成する姿には批判を超越する普遍性があるということだ。

他にはこんな意見も寄せられている。

「軍楽隊の一等兵だと行事も多いはずなのに特級戦士にまでなるとは……。おめでとうございます!」

「特級戦士になるのが2015年から難しくなったというのに……。誇らしい」

簡潔だが、大いに納得したのは次のコメントだ。

「ついに大韓民国の息子になってしまった!」

この“なってしまった!”という部分に共感する。とても大きなことをやり遂げた、というインパクトが強いからだ。

そうなのだ。今や、ユンホは大韓民国の息子になってしまった。「頼もしい」と誇らしげに語る人たちの姿が目に浮かぶ。

 

文=康 熙奉(カン ヒボン)

コラム提供:ロコレ
http://syukakusha.com/

2016.05.18