第3回 『愛の挨拶』の主役に決定
大学受験に失敗したあと、「俳優になりたい」という明確な目標を持ったペ・ヨンジュン。映画会社のスタッフとして映画制作の現場で経験を積んだり、演技学校に入って一から基礎を学んだりして、来るべき日に備えた。
映画の現場を経験
ペ・ヨンジュンの脳裏にいつも残っていたのは、映画会社にいるときに、もっと果敢にチャレンジすべきだったという思いだった。
彼が合同映画社に入ったとき、当初は事務の仕事ばかりさせられた。撮影現場で経験を積みたかったのに、なかなか機会がなかった。自分がやりたいことを積極的にアピールできなかったペ・ヨンジュン自身にも問題があったことは確かだ。
しかし、わずかなチャンスはあった。あるとき、「無線機を持って現場に来い!」という指示を受けた。
待望の撮影現場で働けるという事実に心ときめかせたペ・ヨンジュン。彼はソン・チャンミンとシム・ヘジンが主演した映画『愛したい女、結婚したい女』の撮影現場に向かった。そこで、ロケに備えて通行車両を整理するのが与えられた役目だった。
なんでも一生懸命に取り組むペ・ヨンジュンだけに、無我夢中で仕事をこなしていたのだが、やはり撮影のほうが気になる。しかも、撮影が佳境に入ってくると、つい俳優たちの動きに気を取られてしまった。
結果的に、通行車両の整理に支障をきたし、撮影は何度かNGになった。当然ながら撮影スタッフからどなられ、こっぴどくおこられた。
それでも、ペ・ヨンジュンはちょっぴり幸せな気分だった。テレビや映画でしか見たことがない有名な俳優たちに挨拶することができて、なんだか俳優の世界にちょっぴり足を踏み入れた気持ちになれた。
不可能を可能にする職場
同じ映画の地方ロケに同行できたことも幸いだった。
季節は冬だった。寒さの中での長時間ロケは苦労の連続だった。裏方に徹していたペ・ヨンジュンは「休憩時のコーヒーを用意しろ」という厳命を受けた。しかし、人通りのない場所で店も自販機もない。
「どこで温かいコーヒーを調達すればいいのか……」
ペ・ヨンジュンは戸惑った。いくら走っても店がない。途方にくれているときに、ポツリと民家が目に入った。もう手段を選んでいる場合ではなかった。
その民家に駆け込んでペ・ヨンジュンは言った。
「映画の撮影に来ているのですが、みんな寒さでふるえています。申し訳ありませんが、コーヒーを頂戴できませんか」
突然の珍客に家の主婦は驚いたが、そのときのペ・ヨンジュンの姿をあまりに哀れに思ったようで、冷たく断るようなことをしなかった。
ペ・ヨンジュンはヤカンにたくさん入ったコーヒーを持って撮影現場に戻った。大歓迎を受けたことは言うまでもない。
様々な出来事を通して、ペ・ヨンジュンは撮影現場で逞しさを少しずつ身につけていった。
なにしろ、撮影現場というのは、ある意味では軍隊と似ていた。「できなくても、できるようにしろ」という鉄則が生きていて、絶対に口にしてはいけないのが「不可能」という言葉だった。
「映画会社の制作部の仕事をしていた経験は、その後も大きな助けになりました」
ペ・ヨンジュンがそう断言するほど、撮影現場での経験は貴重だった。
運命のオーディション
ペ・ヨンジュンは、早めに映画会社をやめてしまった。それは、専門の学校で演技を本格的に勉強するためだった。その目的は正しかったのだが、せっかく入った演技学校がつぶれてしまい、行き場を失ってしまったのも事実だった。
その後は独学で演技を学んだが、それにも限界があった。
そんな切羽詰まったときにたまたま見たのがドラマ『愛の挨拶』のオーディションの告知だった。ペ・ヨンジュン自身は、「まだまだその段階ではない」と自覚していた。万事に慎重で、よほど自信がないと前に踏み出せないのである。
今回も時期尚早と判断して受けるのをやめようと思ったのだが、どうしてもあきらめきれない部分があった。
「落ちることも経験だ。一応受けてみよう」
そう思い直して、オーディションの受験を決意した。それだけでもペ・ヨンジュンにとっては大変な決断だった。
オーディションの当日、ペ・ヨンジュンの心は震えっぱなしだった。こんなに緊張したことはなかった。しかも、オーディションは延々8時間もかかり、終わったときは一歩も動けないほど疲れ果てていた。
それなのに、次の瞬間には飛び上がっている自分がいた。なんと、その場で合格が決定したのである。
それも主役だ。ペ・ヨンジュンが、自分の人生に起こった奇跡を一つあげろと問われれば、かならず「『愛の挨拶』のオーディションの合格」と答えるのも無理はなかった。合格した本人が一番驚くほどだった。
歌ったのは『釜山港に帰れ』
ドラマ『愛の挨拶』のPD(プロデューサーを兼ねた監督)は二人いて、その名はユン・ソクホとチョン・ギサン。二人ともペ・ヨンジュンを育てた恩人である。そして、ペ・ヨンジュンに直接「合格!」を伝えたのはチョン・ギサンだった。
彼は、まだ半信半疑のペ・ヨンジュンに言った。
「今日、これから合格者たちと祝賀会をやるから、君もかならず参加するように!」
オーディションを受ける前と後でペ・ヨンジュンの人生は一変した。彼はすでにテレビドラマを作る側の人間に変わっていた。
一旦、家に戻ってペ・ヨンジュンは母に合格を報告した。母も、このうえなく喜んでくれた。それから、ペ・ヨンジュンは指定された会場に向かって、派手な酒盛りに加わった。彼がその宴会で歌った歌は『釜山港へ帰れ』だった。この選曲には参加者から爆笑が起こった。20代初めの若者が選ぶ歌とはとうてい思えなかったからだ。
ペ・ヨンジュンは興奮し、我を忘れ、大いにはしゃいだ。
「念願の俳優になれる!」
ペ・ヨンジュンはすっかり有頂天になっていた。
1994年の秋、いよいよ『愛の挨拶』の撮影が始まったが、ペ・ヨンジュンは渡された台本を何度も何度も読みこなし、これ以上は無理と言えるほどセリフを頭の中に覚えこませた。
それでも、心はドキドキするばかりであった。自分では完璧にセリフを暗記したつもりなのに、言葉の一つずつが頭の中でバラバラになってしまうかのような感覚にとらわれていた。
まさに重圧でからだが押しつぶされてしまうようでもあった。
(次回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ
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