第1編/朝鮮王朝の初代王〔その3〕
野心を持った5男
新たな王として国家の礎を築いた太祖(テジョ)。彼が盤石な王政を築けたのは、妻の神懿(シヌイ)王后から生まれた芳雨(バンウ)、芳果(バングァ)、芳穀(バンイ)、芳幹(バンガン)、芳遠(バンウォン)、芳衍(バンヨン)の6人の息子たちの力が大きかった。
特に、最大の功労者である5男の芳遠は、太祖の邪魔になる者をとことん排除してきた。そんな彼が野心を抱いても不思議ではない。
「当然、父上の後継ぎは私だ」
そう確信していた芳遠の思惑は大きく外れてしまう。太祖は第二夫人の神徳(シンドク)王后に頼まれて、彼女との間に生まれた7男芳蕃(パンボン)、8男芳碩(パンソク)を重んじるようになった。
その中でも、後継ぎに指名されたのは芳碩だった。
「なぜだ! 兄上たちならばいざ知らず、なんの功績も残していない芳碩が後継ぎになるなんて。こんなことがあってたまるか」
芳遠の燃えさかる憎悪の炎は、たちまち宮中に知れ渡るようになる。
芳遠の怒りに感づいた芳碩・擁護派の鄭道伝(チョン・ドジョン)は、芳碩の6人の異母兄たちを排斥しようとした。
1398年、鄭道伝は6兄弟の元に伝令を走らせた。
「国王が危篤であるために大君様たちは、すぐに王宮に集まってください」
この報を受けて、他の兄弟たちは一目散に王宮に駆け込んだが、芳遠だけは用心深く事態を分析していた。
第一次王子の乱
芳遠は後継ぎの座を諦めていなかったために、つねに自分の敵になりそうな者を観察していた。
「おそらく鄭道伝の策略に違いない。芳碩は私たち兄弟をなき者にする気だな。そうはさせんぞ」
芳遠は私兵を集めると王宮の周囲に待機させ、自身も服の下に甲冑を着込み王宮へ向かった。
芳遠の予想通り、芳碩も鄭道伝も王宮の庭に姿を見せなかった。芳遠は手はず通り、兄弟たちにこの危機を知らせて王宮から退避させると、王宮に私兵を突入させた。
「鄭道伝が芳碩と組んで、我々王子たちを皆殺しにしようとしている。これは明確な叛乱である! いまこそ逆賊を打ち倒すのだ」
この日のために準備してきた芳遠の私兵は強く、鄭道伝たちの軍勢を寄せ付けなかった。そして、芳遠は隠れていた鄭道伝を見つけ出して斬った。同じように芳碩と芳蕃を殺した。さらに、太祖には2人が反乱を企てたと報告した。
しかし、太祖はその言葉を信じず、芳遠を反逆者呼ばわりして罵った。
「貴様ら、誰の前で剣を振り回しているのかわかっているのか。根性を叩きなおしてやる!」
李成桂の怒りはおさまらなかったが、芳遠は必死にその場をおさめた。
こうして、後継ぎの座を巡って王子たちが殺しあった「第一次王子の乱」は、多くの血を流して幕を閉じた。
この事件に最もショックを受けたのは太祖であり、彼は王位を退いた。代わって王位についたのは次男の芳果だった。芳遠もいきなり自分が王になるのは時期尚早と考え、とりあえず一歩下がったのである。
巨星が落ちるとき
芳果は2代王の定宗(チョンジョン)となったが、実権は芳遠が手中に収めていた。臣下たちも、芳遠が実質的な権力を握っていることを知っていた。
また、定宗には子供がいなかったために、次に王になるのは芳遠だと誰もが思っていた。しかし、王朝にはさらなる混乱が待っていた。4男の芳幹も王位を狙っていたのだ。
「芳遠が生きている限り、オレが王位につくのは難しい。あいつさえどうにかできれば、次の王位はオレのものだ」
芳幹は芳遠を討つ時期を狙い、力を蓄えていった。芳遠も抜け目がない。彼もまた、戦の支度を進めていた。
ついに2人の王子の争いが始まった。
しかし、高麗の時代から実力があった芳遠にかなうはずがなかった。戦いに敗れた芳幹は島流しにされた。これが「第二次王子の乱」とである。
こうなると、次に身の危険を感じたのは定宗だ。
「このまま王位についていたら、いずれ芳遠に殺されてしまう……」
そう悟った定宗は1400年に芳遠に王位を譲り隠居した。こうして、芳遠は3代王の太宗(テジョン)になった。
念願の王になった芳遠は、民心を安定させることに力を尽くし、民はそれを讃えた。そんな太宗だが、心残りがひとつだけあった。太祖が太宗の即位を認めず、王の証である玉璽(ぎょくじ)を持って故郷の咸興(ハムン)にこもっていたのだ。
「ようやく、王位についたというのに、玉璽がなければ完璧な王とは言えぬ。父上は、そんなにも私の即位を邪魔するのか」
太宗は太祖がいる咸興に向かって、定期的に使者を送り続けた。送られた使者はことごとく太祖に殺され、誰ひとり戻ることはなかった。
そんな日々が続くと太祖は自身のわがままのために、罪のない使者たちの命を奪ったことを後悔し始めた。王になるきっかけを作ってくれた無学大師(ムハクテサ)の説得を受け、都に戻る決心をした。
そして、太祖は太宗に玉璽を渡して完全に隠居した。世を去ったのは1408年。朝鮮王朝を作り上げた巨星の最後はとても穏やかなものだった。
文=慎虎俊(シン・ホジュン)
コラム提供:ロコレ
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