なぜ今、アリランなのか 「BTS」が切り開く『ARIRANG』世界化への期待

誰がこの展開を予想しただろうか。来月、約2年ぶりに完全体でカムバックする「BTS(防弾少年団)」が、新アルバムのタイトルに『アリラン(ARIRANG)』を掲げるという事実は、それ自体がひとつの事件だ。韓国を代表する民謡ARIRANGが、世界的K-POPアーティストのアルバム名として世界に届けられる。この組み合わせは、偶然というより、時代が要請した必然のようにも思える。

アルバムの詳細はまだ明らかにされていない。それでも今回のカムバックが、国楽を含む韓国の伝統文化に対する世界的関心を呼び起こす契機になることは想像に難くない。すでに公開されたアルバムカバーが、その方向性を静かに示している。ARIRANGの文字を太極文様として再解釈したロゴは、伝統を保存する対象としてではなく、現代の表現として再構築するという姿勢を象徴しているように映る。

世界におけるKカルチャーの受容も、いま大きな転換点にある。K-POPやドラマ、映画といった大衆文化を入口に、関心は次第に伝統文化へと広がっている。昨年、世界的な話題を集めたNetflixアニメ『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』は、エモーショナルな物語とコメディー性を掛け合わせながら、韓国的モチーフを自然に世界へと届けた。民画のカチホランイ(虎鵲図)や、カッ、トポ(道袍)といった伝統要素が、特別な説明なしに受け入れられている現象は象徴的だ。

そうした流れの中で、「BTS」は3月末、キョンボックン(景福宮)やクァンファムン(光化門)といった歴史的空間でのカムバック公演を予告している。舞台として選ばれた場所そのものが、今回のプロジェクトが単なる音楽活動にとどまらないことを物語っている。伝統文化と大衆文化を分け隔てるのではなく、同じ地平で響かせる試みだと言えるだろう。

もっとも、大衆歌手が『ARIRANG』を音楽の素材として取り上げるのは、「BTS」が初めてではない。1997年、ムジュ(茂朱)・チョンジュ(全州)冬季ユニバーシアード閉幕式で、故シン・ヘチョルは自身のバンド「ネクスト」とキム・ドクスのサムルノリ団と共に、ロックと国楽が融合した『ARIRANG』を披露した。その楽曲は後に「ネクスト」のシングルとして発表され、いま聴いても色あせない魅力を放っている。ただ、当時はインターネット環境が十分に整っておらず、『ARIRANG』を世界規模で広げるには限界があった。

ARIRANGを世界にどう届けるかという問いは、長年繰り返されてきた。2012年にARIRANGがユネスコ世界無形文化遺産に登録されて以降、その声はさらに高まったが、理念に見合う成果を生み出せたとは言い難い。ソウル市が2013年から開催してきた「ソウル・アリラン・フェスティバル」も、2019年を最後に途絶えている。世界化を掲げながら、その方法論が定まらないまま時間だけが過ぎてきた印象は否めない。

興味深いことに、ことしは現在広く知られているARIRANG誕生から100年の節目にあたる。1926年、ナ・ウンギュ監督が韓国初の映画「アリラン」の主題歌として作詞・作曲した楽曲が、その原型だ。この節目の年に、「BTS」がARIRANGを世界に提示する意味は小さくない。

いま訪れているのは、ARIRANGを単なる文化財として守る段階から、世界と共有する物語へと昇華させる好機なのかもしれない。「BTS」がARIRANGという言葉を世界に響かせるとき、国楽界はその響きにどう応答するのか。政府はその動きをどう後押しするのか。昨年、十分な存在感を示せなかった「国楽の日」(6月5日)を、世界に開かれた文化の祝祭として再構築することも、一つの選択肢だろう。

ARIRANGは、すでに世界へと向かう扉の前に立っている。あとは、その扉を誰が、どのように開くのか。その問いが、いま静かに突きつけられている。

 

WOW!Korea提供

2026.02.02