『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』は数々の名場面に彩られているが、今回取り上げたいのは、ウンタク(キム・ゴウン)が乗ったバスの事故をキム・シン(コン・ユ)が予見するシーンである。この場面は、『トッケビ』の中でも非常に印象深いものだった。
未来を変える男
それは、高校3年生のウンタクが大学の面接試験を受ける日だった。
キム・シンがウンタクを見送り、バスに乗ったウンタクが車窓からキム・シンに笑顔を見せる。そのときにキム・シンは未来を垣間見てしまった。それは、バスが大事故に遭うという未来だった。
ひったくり犯が自転車で逃亡する過程で交通事故を起こし、それが連鎖反応となって大事故に発展。バスの乗客の多くが死んでしまう……。
『トッケビ』というドラマには、映像的に美しい色彩やファンタジーな部分が満載だが、同時に悲惨な場面も登場する。バスの事故のシーンもその一つだ。
キム・シンは、何としてもウンタクの命を守らなければならない。そこで、事故の元凶となったひったくり犯を事前に懲らしめて、ウンタクが悲惨な目に遭わないように機転を利かせた。
割を食ったのが死神(イ・ドンウク)である。彼は仲間と一緒に大人数でバス停で待機し、数多く出てしまう死者を迎える準備をしていた。それがすべて徒労となった。
しかし、死神はバスの中にウンタクがいるのを見つけ、キム・シンがウンタクを守るために事故を未然に防いだことを知る。
まさに、キム・シンとウンタクと死神のそれぞれの立場がよくわかるのだが、特に、ウンタクを守り抜こうとするキム・シンの気持ちが鮮烈に伝わってきた。
キム・シンは、胸に剣が刺さったまま900年以上も生きている男である。「トッケビの花嫁」を見つけて剣を抜いてもらえれば、ようやく安住の地に行けるのだが、それは同時にウンタクとの永遠の別れを意味していた。
そのウンタクは、自らキム・シンの剣を抜くという使命を考えて、腕の筋肉を鍛えるトレーニングまで始めてしまう始末だった。それを見たキム・シンの物哀しい顔というのも印象的であった。
屈託のないウンタク。
900年の悲しみを背負い続けるキム・シン。
その2人を冷徹に見守っている死神。
三者の相関関係が興味深い。
キム・シンに扮しているコン・ユは、奔放に様々な表情を演じ分けているが、死神といがみ合っているときのコミカルさが際立てば際立つほど、ウンタクを思いやるときの悲しみが深い。
その悲しみに視聴者がどこまで近づけるのか。
ドラマは様々な仕掛けで輪廻転生でつながる悠久の人間関係を見せてくれるが、その根底にあるのは、裏切られてもなお人間を信じる力だ。
バスに乗ったウンタクの未来を守るために自らの全能を発揮したキム・シン。その姿を演じたコン・ユは、『トッケビ』の全編に漂う「時空を超えた愛」を花びらが風に舞うように演じていた。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
コラム提供:ロコレ