「コラム」『二十五、二十一』で描かれた韓国のIMF危機とは何か(第1回)

『二十五、二十一』はIMF危機が起こった1997年から物語が始まった

 

傑作『二十五、二十一』の冒頭で、1997年に起こったIMF危機が題材になっていた。ナ・ヒド(キム・テリ)が所属していたフェンシング部が廃止に追い込まれ、ペク・イジン(ナム・ジュヒョク) の一家もIMF危機の影響で破産してしまった。ドラマを大きく動かした経済危機を詳しく解説しよう。

 

神話の崩壊
1997年の末に韓国の国家財政は破綻寸前になった。朝鮮戦争に次ぐ国難にたとえられるほど事態は深刻だった。
とはいえ、その危機は、一言でいえば起こるべくして起こった必然の産物であった。経済成長のためなら道理が引っ込み無理が通るのがそれまでの韓国だった。


規模の拡大に最大の美徳を見いだす財閥は、採算性を無視してひたすら多角化路線を歩んだ。歴代政権はその財閥を保護する政策をとりながら、裏で膨大な政治資金を得る。この官民癒着の悪しき構造が、国家の金庫を空にする事態を生んだ元凶であった。
確かに、1990年代半ばに、韓国経済は順調な成長を見せていた。韓国社会は好景気に沸いたのだ。
しかし、有頂天になっている場合ではなかった。後の経済危機を暗示するようなきざしは少しずつ見えていた。
最初に世間を驚かせたのは韓宝鉄鋼工業の倒産だった。1997年1月のことだ。

この韓宝鉄鋼工業は資産規模14位の中堅財閥「韓宝グループ」の中核企業で、その倒産はグループの事実上の破綻を意味していた。
つぶれた理由は単純だった。
当時の金泳三(キム・ヨンサム)政権に癒着していた韓宝鉄鋼工業は、政界の実力者の肝入りで銀行から巨額の融資を受け、分不相応の投資を推進した。しかし、あまりに無謀な拡大路線は巨額の赤字を生み、最後には銀行から見放されたのである。
これが呼び水になった。3月以降、三美、真露といった中堅財閥が相次いで倒産し、7月には韓国第二の自動車メーカーであった起亜自動車の経営危機が深刻になった(のちに起亜自動車は韓国最大の自動車メーカーである現代自動車に買収された)。
「財閥はつぶれない」
それが韓国人の共通認識だった。
しかし、その神話はもろくも崩壊した。さらに、タイのバーツ暴落に端を発したアジアの通貨危機は、インドネシア、マレーシア、香港、台湾へと伝播し、ついには韓国をも巻き込むこととなった。

中堅財閥の破綻は止まらず、ウォン安、株安も一向に改善されない。それどころか、韓国ウォンの下落につれて外国人投資家がこぞって株式を売却する事態となり、外貨準備高は底をついてしまった。
1997年12月になって事態は深刻化する一方となった。
政府はIMF(国際通貨基金)に緊急融資を要請。金泳三政権になってOECD(経済協力開発機構)に加盟して「ようやく先進国に仲間入りできた」と自尊心を大いに満足させた韓国は、一転して途上国なみに頭を下げて借金を頼む羽目となった。


韓国の深刻な経済危機にIMFは210億ドル規模の緊急融資を決定。加えて、アメリカ、世界銀行、日本、アジア開発銀行による融資も決まり、韓国はとりあえず国家財政の破綻を免れることができた。
しかし、IMFが融資の見返りに突きつけてきた経済改革案は苛酷だった。大量の失業者が街にあふれるのは目に見えていた。
だが、どんなに痛みをともなう改革案であろうと、政府はそれを受け入れざるをえなかった。直後に金大中(キム・デジュン)は宿願の大統領当選を果たすが、新政権は強い逆風の中での船出を余儀なくされた。
(次回に続く)

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

 

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コラム提供:ロコレ

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2022.12.06