【時代劇が面白い】王妃たちが国母であった時代「第2回」

 

初めての垂簾聴政
世祖が1468年に世を去った。
その二男が8代王・睿宗(イェジョン)として即位した。貞熹王后は王の母になったのだが、睿宗は在位1年2カ月で急死してしまう。世祖と貞熹王后にとって、長男と二男がともに10代で夭逝したことになる。世間の人たちは、「甥から王位を奪った祟(たた)りだ!」と噂した。


8代王・睿宗があまりに若く亡くなったので後継者問題は混迷したが、貞熹王后の働きかけによって、彼女の長男だった懿敬の二男に決まった。それが12歳で即位した9代王・成宗(ソンジョン)である。
成宗はまだ幼かったので、貞熹王后が垂簾聴政(王の後ろで代理人として政策を決定すること)を行なった。

これは朝鮮王朝で史上初めてのことだった。
1476年、成宗が19歳になったのを機に貞熹王后は垂簾聴政から身を引き、1483年に65歳で亡くなった。

 

王妃たちが国母であった時代「第1回」

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コラム提供:チャレソ
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2021.12.06